迷信
ひたり、と背後から頬にあてられた感触に、一瞬肩を竦めた。すべすべとしたそれは、掌に比べれば硬く、骨の感触がする。
そのまま上下に動かされ、頬を擦られた。何がしたいんだろう、この人は。
「臨也さん。何なんですか」
「帝人くんのほっぺた、すべすべだよね」
答えになっていない。時折、硬い関節の骨と指輪が当たって地味に痛かったが、まだ害はなさそうなので放っておく。
「臨也さんの手、ぬるいですね」
「そう?帝人くんのほっぺたは、あったかいよね」
そう言って、手の甲を返して、今度は掌で頬を包まれた。ソファの背もたれが少し沈んで、背後の臨也さんの体温が近くなる。
僕の頬を触ってない方の腕を、ソファの背もたれにのせているのだろう。首の後ろに、布の感触と、すべすべとした皮膚の感触。
僅かに触れるそれも、やはりぬるい、と思った。
ぬるい体温の中で、人差し指にはめられた指輪だけが冷たい。もっと彼の体温が暖かければ、指輪も暖かくなっていたかもしれないのに。
「手が冷たい人は、心が温かいって言いますよね」
「迷信だよ」
指先が、僕の頬をくすぐる。この手に、早く僕の熱がうつって、暖かくなるといい。そうすれば、冷たい指輪の感触にいちいち震えることはなくなるのに。
「臨也さんの手はぬるいですね」
何だか、ほっとしました。
そう告げれば、細いけれど骨ばった指先が、僕の頬をつまんで引っ張った。
痛い。
「悪かったね。酷い人間で」
酷い男だから、こうしてしまおう。そう言って、ソファの背もたれに預けていたはずの手まで使って、両頬を掴んで抓って引っ張られる。
「いひゃいれす」
情けない声で言えば、頭の上からくすくすと笑う声が聞こえてきた。
両頬を抓られながらも、僅かに暖かくなってきた彼の指先に安堵する。僕の手で熱を移せればいいのだけれど、生憎と僕の手は冷えているので。
手が冷たい人の心が温かいというのは、迷信だと思う。
それでも僕は、臨也さんの手が冷たくないことに、なんだかほっとするのだ。そんな風に思う僕の手は、冷たいままなので、それはやっぱり迷信なのだろうけど。