暴かれた恋
血の繋がる兄を愛する背徳感。
日常を脱しきれない苦しみと、想いから抜けだせない痛みに苛まれ、幾つもの夜を涙で過ごした。
叶うことはないけれど、どうか 想うことだけは許してと。
愛する兄に夢の中で乞うたこともあった。
しかし、実はそれが夢ではなくて、ただ寝ぼけていた帝人が傍に居た兄に告げてしまったことで、眠りから覚めた時、視界いっぱいに広がる兄の顔に卒倒しかける帝人に兄が怒涛のように、いわゆる口説き文句というか、歯が浮くような、それこそ兄の頭の良さを知らしめるような多種多様な愛の言葉の波を受けた。
寝起きも相まって衝撃から立ち直れずにいた帝人は、よくわからないまま、最後に「そうだろ、 帝人!」と言った兄の言葉に思わず頷いた。
頷いてしまった。
すると兄は見た事の無いような満面の笑みを浮かべて、華奢な帝人の身体を思いっ切り抱きしめた のだ。
帝人の悲鳴は兄の胸に吸い込まれ、がちりと固まった身体を兄は遠慮なく力いっぱい抱いた。
「想いは通じ合ったんだから、俺と帝人は恋人だ。もう遠慮 はしないよ」と宣言した兄の言葉を帝人は半分気絶しながら聞いた。
あの日から数日が経った現在。
帝人は自分の背中にへばりつく兄、―――もとい恋人にうんざりとため息を吐いていた。
「兄さん、いい加減離れて」
「んー、帝人のお願いは何でも叶えてあげたいけれど、残念今は却下だ。愛し合う二人が同じ空間に居るのに、離れなきゃならない意味がわからないよ」
「邪魔なんだけど」
「あはは、言うね帝人。だが断る」
そう言ってますます腕の力を強くする臨也に、帝人は内心ボールペンを突き立てたくなりながらも自重する。
愛し合う二人という台詞に絆されたわけではない、 多分。
肩にすりよる頭を叩いて、帝人は手に持っていた雑誌に目を戻した。いわゆる女子高校生が読むような女性誌だが、これは帝人自ら購入したものではなく、幼馴 染から押し付けられたのだ。
幼馴染曰く、「ここにいるスペシャルでビューティフルなお姉さま方を見習って女心というものを勉強するがいい!」らしい。
もちろんその失礼な口に制裁を加えたのは言うまでもない。幼馴染でも言ってはいいことと悪いこともあるものだ。
ちなみに幼馴染は男だ。
何故こんな雑誌を持って いたか甚だ疑問だが、追求するのは止めておいた。
どうせその辺で落ちていたのを帝人に押し付けただけのことだろう。
変化はここにもある。
以前の帝人なら読む気もせずそこらへんに放っておくか、捨てるかどちらかだっただろう。
なのに、今帝人は購入する気も起きない雑誌を読んでいる。
煌びやかな服に、艶やかな化粧をした綺麗な女性たちが頁一枚一枚を飾る。
こんな人たちを見た事があると首をひねり、しかしすぐに思い出す。
そうだ、少し前まで臨也の隣に居た女性たちだ。
少なくとも帝人が見たひと皆、このぐらい綺麗でスタイルも良かった。
ちらりとまだ肩に乗ったままの黒い頭を見る。
確かに臨也は美形だ。
若干底意地の悪い部類の顔をしているが、やはり女性が好みそうな顔をしている。
身体だって細身に見えて、結構筋肉が付いてしっか りしているし、足も長い。
すらりとした腕の先に付いている手も節だっているが形が良く、爪も綺麗だ。
女として、若干嫉妬しなくもないが、モテるだろうなと 素直に思う。
こんなんだから女性だって引く手数多だったんだ。
会うたび会うたび違う顔を連れ歩いていた臨也を思い出し、苛ッときた帝人は臨也の髪の毛を 引っ張った。
「痛い痛い尋常じゃなく痛い!」
「やっぱりどけ」
「えー、なぜに不機嫌?あ、もしかして今女の子の日いたたたたたたたごめんごめんそれ以上は禿げるから止めて!」
情けない悲鳴に少しすっきりした帝人は手を離す。
「ひどいー」と言いながらも、やはり離れる気配が無い臨也に帝人はもう一度ため息を吐いた。
何だろう。雑誌の中のモデルのような女のひとたちを連れていた兄は憎らしいほど格好よかったのに(それが辛くて苦しくて何度も泣いた)、今では残念なイケメンに成り果てているような気がする。
恋は盲目というけど、片思いのときのほうがそのフィルターが強いのだろうか。
多分、一応、今の兄の恋人は自分らしいから、それならちょっと損した気分になる。
「何か失礼なこと考えてない?」
「(・・・・鋭い)別に、何でもないよ」
頬に刺さるじとりとした視線を無視して、放り投げてしまった雑誌に腕を伸ばす。
しかし手に取る直前に臨也が横から雑誌を奪い取った。
「あ、」
帝人が取れないように上に掬いあげ、開かれた頁をまじまじと見る臨也に帝人はいたたまれず雑誌を奪おうとするが、あっさりかわされた。
「・・・・ふぅん」
目を細め、どうでもいいような顔をする臨也に、帝人は何故か以前の彼を思い出す。
豊満な肉体を押し付ける女達を拒みもせず、常に笑みをその顔に敷いていたあの時の兄はこんな目をしていなかったか。
「ねえ、帝人」
呼びかけと同時に、ばさりと雑誌を落とされ、その音にびくりと帝人の肩が震えた。
そんな彼女の華奢な身体を絡め取るように腕が再び回される。
先よりは弱く、けれどけして振りほどかれないように。
「俺はね、ずっとずっとお前が欲しかったんだよ。血の繋がりを持つ妹のお前がね。愛は情を帯び、欲を推す。帝人の身体が女になるにつれて、それは強くなった」
吐息が耳を擽り、手が前に回った手が、ゆっくりと身体の線をたどるように揺らめいた。
「触れたい汚したい愛したい甘やかしたいだけど慈しんで優しくして大切にしたい。俺の胸は常に相反するものがぶつかっては燻っていたんだ。お前は知らなかっただろうけど」
「・・・・にい、さん」
「ああ、違う。違うよ、帝人。俺は確かに兄であるけれど、もう違う。俺はお前の気持ちを知った。偶然だったけれど、知ることができた。そしてお前もまた俺の気持ちを知ってるはずだよ、帝人」
片手が上がり、帝人の顎をくいっと持ち上げる。
交差する視線と視線。
その眸は、綺麗な女性を隣に立たせた時とは全然違う、欲情の色に濡れていた。
「ほら、相応しい名があるだろう?―――言ってごらん、帝人。お前の声で、聞きたい」
「ッ、」
頬が熱くなる。
逃げ出したくなるような羞恥が全身を駆け巡るけれど、帝人には拒めない。
拒めるはずがない。
だって、帝人だってこのひとをずっとずっと好き で欲しかったのだから。
薄く唇を開ける。吐息が震え、顎に掛かる指に触れた。
紅い眸がうっすらと細まった。
「――――臨也」
これできっと後戻りはできない。
そう想った。
しかし、くしゃりと歪んだ愛おしい人の顔を見て、これで良いのだと、そう感じた。
「帝人帝人帝人帝人帝人愛してる帝人誰よりも何よりももう離さない絶対に俺のものだ」
狂おしい抱擁の波に、帝人は全身を預け、そして応えるように抱きしめる背中にその腕を回した。
血の繋がる兄を愛する背徳感。
日常を脱しきれない苦しみと、想いから抜けだせない痛みに苛まれ、幾つもの夜を涙で過ごした。
それはこれからもずっと訪れるだろう。
けれど独り善がりではない。それだけで、帝人は幸せだ。