いつか
だからこうして生きている。生きていてはいけないものが生きている。
そのことを知らされたのはいつだったか。たしかまだ右も左も、世界のことすらわかっていなかったとき。
それでも俺は、それを悲しいとは思わなかった。
手を伸ばせばそれを受け止めてくれる人がいる。声をかければ答えてくれる人がいる。俺の生きる、理由になる人がいる。
それだけで十分だった。俺が俺でいるためには、十分過ぎた。
おそらく、この少女の方が、俺よりもよほど不幸だ。
両手、両足、胸部、腹部、首。
各部に張り巡らされたベルトで固定された彼女は、およそ怪我人とは思えない扱いで眠っていた。
文字通り、ベッドに縫い付けられている。暴れたのか、皺の縒ったシーツの上にいくつもの茶色い点が飛んでいた。
彼女は、生きたいのだろうか。こんな状態になってまで、生きていたいのだろうか。
俺は、生への執着というものがよくわからない。いずれ直ぐに終わる命のもとに生まれたからだろうか。
(あぁ、でも)
あいつは、生かすのだろう。彼女も、そして己の命も。
どうしてかと、理由を訊いたら怒るだろうか。馬鹿なことをと、怒るだろうか。
(そういえば)
生まれて一度も、怒られたことがない。
それを考えると、ほんの少しだけ笑いがこみあげた。
あいつが俺を、怒れるのだろうか。
(…それはそれで、なかなか楽しい)
そんな日が来ればいい。
いつか。
俺が生きているうちに、いつか。