朝の風景
「さ、朝飯作るか・・・」
隣に眠る恋人の腕の中をすり抜けようにもなかなか離してもらえない。背丈の高い彼、平和島静雄とこのような関係になったのは数時間前の事で、十年来も片思いしてきた静雄から一杯の愛情を与えられ、克明にわかる位につけられた愛情の証と鮮明すぎる夜の記憶を頭から少しずつかき消すように体をゆっくり離すと台所に向かった。
「・・・ちゃんと寝ててくれよ。サプライズでしかやんねぇんだからな」
正直、料理は振る舞った記憶は数回しかない。最後に作ったのは、喧嘩したあとに静雄の前に付き合った男の恋人・・・最初の男に和食を作ったんだった。元々自炊歴は長かったが人に作るのは初めてだったんだっけ。結局そいつは堅気とは違う方向に足を進めてからそれっきりになったけど。
そんな苦い過去を反芻しながら料理の手を進めていく。トムは恋人の見る前で料理を作る主義ではない。恋人の視線を感じながら作るのが苦手なのは建前で、恋人が寝ている時に内緒で作ったものを振舞ってやると驚きながらも嬉しそうに顔がほろほろと綻ばす姿がただ単に好きなだけなのだ。
トムは甘党の静雄だけのためにと得意料理の一つであるフレンチトーストを作る手は緩めないように相手の分を丁寧に作り上げていると後ろからきつく抱きつかれた。
「・・・・うぉ、朝から大胆だなぁ」
「トムさん。いなくなっちまったのかと思いました。昨日あんなことしたから・・嫌われちまったのかなと思った」
まったく・・・・甘えん坊というか子供みたいな寝起きだなぁ。そんなきつく抱きしめなくてもいなくならねぇよ。ま、可愛いけど。
腕を腰に回され、子供のようにぴたりと体を寄せる静雄の愛情表現に多少狼狽しながらも料理の手を進めていると、甘い匂いがキッチンに漂ってくる。静雄用と称したメニューは甘いシロップを浸したフレンチトーストに昨日買ってきた生クリームを皿に添えたものでトムの分はシロップを控えめにつけたもので、珈琲で苦味を効かせている。
「しーずお、飯出来たぞ」
後ろを振り向くと眠そうな表情をして腰を抱き寄せる静雄の姿にトムは苦笑してしまう。
全く、昨日はあんなに格好良かったのに。朝弱いんだなぁ、意外だ・・・
眠そうにする静雄の頬をゆっくりと撫でたり軽く弄ぶと腰にあった手が背中に這わせられ、後ろから抱えるように抱きつかれた。頭一つしか違わない身長差であっという間にトムの体は静雄に包まれてしまった。
「・・・・・・いなくなりませんよね?」
「こーら、いなくなんねぇっての・・・お前何言ってるんだよ」
「・・・心配すよ。すごく心配です」
「ずっと一緒にいてくださいね・・・本当に」
もしかしてコイツ悪い夢とか見たんだろうな。静雄は他人からの愛情に対して飢えているように感じる。力抜きだと昔の髪の事もあったけど、意外に古風で優しいし女にモテる。あ、ちょっと妬けるかもしれねぇ・・
「トムさん?」
心配そうな表情の静雄を安心させるようにトムは唇を落とした。身長が頭一つの差があるため、鎖骨の辺りや二の腕に一つずつ・・一つずつ。
「行きずりの相手にキスなんかしねぇよ・・・」
「・・嬉しいっす、すげぇ嬉しい・・・・って、トムさんパンツ一枚にエプロンってすげぇ・・・エロいっすよ」
「はぁ・・・・刺激的だろ?たまにはな・・・・」
あー・・スイッチ入れちまったなぁ、はは。ま、フレンチトースト出来たしいいかな。
せっかく作った手料理を無駄にしないようにと、後ろ手でIHコンロを止め恋人の愛撫に身を委ねていくのだった。
END