でも今は、わらって
豪炎寺が俺を唐突に好きだって言うのは、実はさほど珍しいことじゃない。日頃からあいつの言動、それこそ一挙手一投足にいたるまで、すべてが俺のことを考えて構成されてるんじゃないかと錯覚するほどだ。そしてそれが錯覚じゃないと自分でわかってしまうほどには、豪炎寺の態度はあからさまだと思う。
でも、今日みたいな、こういうときの豪炎寺はそれとはちょっと違うんだ。多分自分の中のキャパが一杯になってしまって、それ以外考えられないみたいに。熱暴走して壊れてしまった機械みたいに。際限なく俺を求めようとするときの豪炎寺からは、その熱ごと俺を喰らい尽くしてしまいそうな勢いを感じ取って、実はちょっとだけ、こわい。
「好きだ、円堂、すきなんだ」
「うん、わかってる」
「違うんだ。お前が思うよりもっと俺はお前を好きで、好きで好きでどうしようもなくて、」
「うん、知ってるよ」
「好きなんだ、おかしくなりそうなほど。こんなに好きなのに、毎日もっともっと好きになる。いつかお前をすきだって気持ちに殺されるんじゃないかって」
俺の両腕を掴む手が震える。皆からクールだなんて言われる切れ長の目が羞恥に染まり、ぽろぽろと涙が零れた。これは哀しいんでも悔しいんでも、嬉しいんでもない。行き場のない感情が豪炎寺のからだの中をぐるぐる駆け巡って、外にだすことができなかった思いがたぶん涙という形で流れたんだ。
きっとお前は俺をすきだって気持ちに殺されても、本望だって言うんだろう?
「わかってるから、ほら、泣くなよ」
なだめるように、安心させるように苦笑してみせて、そっと手を伸ばしてその滴を拭った。ゴールキーパー用のグローブが水気を吸って滲む。わざと素手で触れなかったのは、そうしてしまえば今度は俺の箍が外れてしまって後戻りできなくなると思ったからだ。俺まで感情のままに突っ走ってしまえばきっと楽だろうけど、後で二人とも泣くことになるかもしれない。
なあ、豪炎寺。お前はどれだけ自分が俺のことを好きか、俺がわかってないって言うけど、それならお前だってそうだろ?
豪炎寺は自分の中に溜め込むこともできなくなって、言葉に乗せてはきだす。俺は逆。一度外に出してしまえばもう、抑えこむことはできなくなる。一度堰をきった感情が行き場をなくして自分の感情を制御する自信がないから、こうして気持ちに蓋をする。だからお前は俺の気持ちが自分の「好き」に追いついてないと思うのかもしれないけど。そんなお前をまるごと受け止めて、俺も好きだよ大丈夫だよって、ただ抱きしめることができたら、どんなに楽か。でも残念ながら俺の方も、そんなに軽い「好き」じゃないんだ。こんな風に思うことは逃げかな。
俺を好きすぎてどうしようもないと泣く、そんな姿にすら、ほんとうは優越感を感じてしまうだなんて言ったら、お前はどんな顔をするんだろう。
それでも俺をすきだって言ってくれるのかな。
「円堂、円堂」
「うん、ここにいるよ、豪炎寺」
「好きだ。すき、好きなんだ」
「俺も好きだよ、豪炎寺。だから、」
好きよりもっと好きだってことを、うまく伝える言葉があればいいのに。好きだという思いが増していく度に、それを表せる言葉はすくなくなって、俺達の感情に追いついてくれない。ほんとうはどんな言葉を並べても、この感情には届かないのかもしれない。だから代わり映えのしない言葉や、相手の名前に思い切り感情を込めるけど、それでもまだ足りなくて、持て余しそうなこの熱はふたりで融け合ってひとつにならなければ、決してわかりあえることはないのかもしれないけど。
そうまでして相手の「好き」を分かりたいってのはちょっと違う気がするんだ。涙を拭うため頬に添えた手にそっと自分のてのひらを重ねる豪炎寺を見ながら、そう、俺はなんとなくひとつの答えにたどり着いた。
たとえばどっちがどれくらい好きかを競うより、その思いを素直に喜ぶことができたら。その喜びをまた相手への好きに変えることができたら。
相変わらず強すぎる想いは行き場をなくして、俺はまた豪炎寺を泣かすのかもしれないし、また同じようなことで一緒に悩むかもしれないんだけど、それでも
「すきだよ。だから笑って」
お前がすきなんだ。ずっと一緒にいたい。それだけは、俺の中で絶対に変わることがない真実。俺が簡単だと思ってしまった、ただ抱きしめるだけの好きも、独り占めしたいと思うほどの独占欲や執着も、とにかく俺の中にある「好き」は全部お前にあげたい。重すぎるそれはお前を苦しめるかもしれないけど、そのときはまたこうして一緒に悩むよ。「好き」を分かり合うって、たぶんこういうこと。
「……愛してる、円堂」
俺の手をぎゅっと握って泣き笑いみたいな顔で笑ってくれた豪炎寺を、
俺はやっぱりすごく好きだと思った。