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deserter under fire

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deserter under fire




ヒイロ・ユイ。
かつて平和主義を貫き通した英雄の名前は、ヒイロが身を置いている環境を考えれば一番程遠いもののように思う。そしてデュオがその名を呟くとき、一番最初に思い浮かぶのは必ずといっていいほどあの眼であった。そして我の強そうな表情であった。それは無表情というのにはあまりにも苦悩に満ちていた。
デュオはそんな顔をいくつも知っている。
長期間の戦争でPTSDを発症した兵士に。あるいは、戦争で撃ち捨てられた子供達の骸に。それらは死の匂いを充満させて人間に張り付いていた。沢山の命を狩ってきた死神にはわかる。
おそらくヒイロも、自分と同じような境遇を辿ってきたに違いない。悲劇と虐殺で構成された脚本を演じてきたに違いない。人を殺した瞬間から、人の基準で狂人としてのレッテルを貼られたことに少年達は嘲笑した。直立した人間がこの世界のいったい何処にいるんだろうかと。
ヒイロがガンダムパイロットとして戦う者となったとき、デュオには、ヒイロが戦いの高揚に流される中で進んで自らを死の道へ軌道修正しているような印象をうけた。逃げも隠れもする、と豪語するだけあって無理をする前にスマートに敵を倒していくデュオと違って、ヒイロの戦いは痛覚を遮断された戦士のような感じをうけた。実際にそういった処理を施されているのかと勘繰ったか、人並みに痛みは感じているらしい。ならばあれは死を恐れていない人間の反応だ。そして戦場では一番それが厄介な兵士だった。いくらモビルスーツが戦争の主戦力となったとしても、それを操るのは生身の人間である。自動的にターゲットを射殺していくキリングドールやキャッチボールのように核を投げ合う戦争になっても、それを指示するのは人間である。つまり対人戦の心理戦が応用できるということだ。死という概念を逆手にとって、兵士たちに抑止力を産み出すことができる。ゼクス・マーキスがトールギスを扱いかねた理由はそこにあった。
だがヒイロのような戦士は違う。彼らのような人間は痛みを恐れず恐怖にも屈しない。人を殺すことに抵抗さえ感じない。戦場で躊躇は死に直結する。紛争が続く国では、麻薬浸けにされて、それらの感情を破壊された少年兵を大変重宝した。しかしそれらは大量投入できるからこそ価値を生む。オペレーション・メテオのような少人数潜入作戦は、潜入行動として投入した機体が悪かった。どうみてもガンダムは自爆特攻向きではない。となると、必然的に生き残ることが先決となってくる。

最大の悲劇は、ヒイロが人間として壊れていたことにある。


「お前ってさぁ、マゾなの?」
潜入調査で同じ学校に入学し、まともに交流する機会が増えた。デュオがヒイロの部屋を訪ねていたとき、冗談でこうヒイロに言ったことがある。そうしてデュオが導き出した答え合わせの結果は批難の視線と鉄拳のみだった。デュオはそれを辛うじて受け流す。拳がベッドに落ちて情けない音をたてた。
「馬鹿なことを言うな」
怒りの炎をぎらぎらと燃やしながらしかしその色はひどく青白いものだった。そして顔色も随分と悪かった。あ、まずいな。デュオがそう直感した瞬間、ヒイロが2、3歩よろけてベッドに倒れこんだ。
「お、おい!大丈夫かよ!」
悪かったって、と手を差し出すそれをヒイロは無感動に振り払った。そうしてそのままずるずると床に座り込んでしまう。今度こそデュオは狼狽した。
「……」
ヒイロはまだ立ち上がる気配も見せなかった。デュオはそのうつむいた顔を覗き込んだ。真っ青だ。見開いた眼はどこを見ているのかわからない。あるいは何も見ていないのかもしれない。
「ヒイロ、立てるか」
肩にヒイロの腕を回す。体温が、息遣いがデュオの五感を刺激していった。あの気丈なヒイロの憔悴しきった姿をみせつけられるとデュオはいよいよ困惑した。おいおいヒイロさんよ、どうしちまったんだよなどと言える状態ではなかった。「ヒイロ」焦燥混じりにデュオはヒイロの名前を呼ぶ。
「痛いのは、嫌だ……」
デュオの耳朶にヒイロの弱弱しい声が届いた。デュオにはその押し殺した声がはじめ理解できなかった。「いやだ」今度はヒイロははっきりとそう発音した。自らの発言に戸惑っているようだった。ヒイロは自分の首を押さえる。いやだいやだいやだ。声帯を押しつぶしているため息だけが唇の動きにあわせてもれた。体を折り曲げて苦痛に悶えるのはその呪詛の所作のように思えた。
「おい、ヒイロ!?」
デュオはヒイロの体を抱えて床に転がし馬乗りになった。「ヒイロ!!」絞め続ける喉を開放させようと食い込む指を引き剥がしにかかるが恐ろしいほどの力がそれを阻んだ。これはまずい。シェルショックだ。こんな所で死なれてはかなわないとデュオは懐から取り出した錠剤を素早く唇に押し込む。途端に暴れだすヒイロに精神安定剤だ、と付け加えるがヒイロは無我夢中でそれを吐き出した。
「飲めよ…飲んでくれよ!」
デュオは更にもう2、3粒ヒイロの口内に指をいれ喉元まで押し入れた。ヒイロはますます暴れてデュオの手に歯をたてる。こりゃ指落とされるほうが先かも、とデュオが危惧したとき、突然ヒイロの手がデュオの右手を掴んで口内から指を引きずり出した。指に絡まる唾液が糸を引いてふつりと切れる。ヒイロは錠剤を残らず吐き出して、唇を拭う。
「デュオ」
いまだ興奮を宿らせた顔がゆっくりとデュオの名前を呼んだ。そうして改めてデュオは自分達の体制がよほど危ないことにようやく気付いた。慌ててヒイロの上から体をどける前にデュオは地面にひっくり返っていた。
「俺に、構うな……」
そうしてデュオの気遣いを振りほどき、立ち上がる。走っていく。デュオはその背中を見送っていただけだった。彼は薬を飲んでいない。あの状態から一人で立ち直ったのだ。デュオは安堵よりも驚きを優先せざるを得なかった。そうしてヒイロの強靭さに呆然とするしかなかった。
今でもデュオはその背中を追いかけなかった自分自身をぶん殴ってやりたいと思っている。壊れていたが、彼はれっきとした人間だった。


ヒイロ・ユイの血に塗れた手首をデュオは確かにはっきりと見ている。
地球圏統一連合の医療施設から脱出の際、自決を図って結局失敗した後に、ぼろぼろになった彼の少し平生より冷たい肌の温度も勿論知っている。からかうと随分迷惑そうに潜められる眉や、警戒した猫のように牙を剥くその姿を覚えている。
それは生きた人間のものだ。
だからデュオは頭の中に浮かんだ仮説を堂々と振り払うことができた。胸中を覆う鈍痛を忘れるのには失敗したが。
「デュオ」
彼の意志の強さを反映する硬質な声がデュオの耳朶を通り抜けていった。デュオは慌てて飛び起きて辺りを見回す。「ヒイロ?」そしてしばらくそれが幻聴の類だと気付かなかった。





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作品名:deserter under fire 作家名:えーじ