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雨伽シオン
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novelistID. 16253
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【ゆめにっき】微笑みの代償

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モノクロの無垢な世界にモノ江という名の少女がいた。彼女は血濡れた包丁を手に提げた窓付きを笑顔で迎えた。
「いらっしゃい、窓付き。あら、その包丁の血……誰のものかしら?」
「あなたの妹の……」
「ありがとう、あの子を刺してくれて」
 モノ江は笑みを浮かべたままだったが、闇の奥底のように黒い瞳から彼女の心情を窺い知ることはできなかった。
「あの子はかわいそうな子なの。あの腕を見たでしょ。時々ああしてヒトの枠からはみ出してしまうの。だから楽にしてあげた方がよかったんだと思うわ」
「……」
 窓付きは少女を刺した感触を思い出していた。無色の世界に赤い光が差した途端にモノ子は壊れてしまった。もはやヒトでなくなってしまった少女は爛れた瞳から体液を流し、姉に愛されない自分を嘆いていた。
彼女は死んでしまった。永遠の闇に閉ざされた世界で、赤い血を流して。
「あなたの妹は言ってたわ……。『おねえちゃんは、わたしをあいしてくれないの。トンネルからだしてくれないの。だれのこともすきじゃないから、いつでもわらってるのよ』って……」
「あら、私、みんなのことが好きよ。もちろんあなたのこともね」
 モノ江は口元に笑みを貼り付かせたままだったが、その口調には憐れむような響きがあった。
「あなたは何もかも刺し殺してしまうけれど、それはどうしてなのかしら」
「……」
 窓付きは手にしていた包丁を見つめた。あらゆる命を奪ってきた刃だった。雨降りしきる森で出会った死体は刺しても平気だった。彼はすでに死んでいたから。鳥人間を殺すのも平気だった。快感すら覚えたといってもいい。しかし、かまくら子は? モノ子は? 先生はどうだった?
 ――私はどうしてみんなを刺し殺してしまったのだろう。
 相手を殺さなければ自分の命が危うかったというわけではない。かといって、興味本位で刺したわけでもなかった。
 ――私、怖かったんだ。
 この世界にそぐわない者として拒まれるのが怖かった。他者がいなければ拒まれることはない。だから刺した。刺し殺した。
「そうやって何もかも消し去ったあとに残るのは、あなた自身だけ。でもそんな自分を愛せる自信はある? あなたは自分自身すら消そうとするんじゃないかしら」
 モノ江は微笑んでいた。それは他者に対して絶対的優位に立とうとする者の笑みであり、同時に憐憫の笑みでもあった。
「だけど私はそんなあなたを愛おしく思うの」
「なぜ……?」
「憐れましいからよ。それは愛すべきことだわ」
 異形の生き物たちに囲まれたこの世界にあって、モノ江は他者を憐れまずには生きていけないのだろう。だからこそ妹をトンネルに閉じ込め、彼女が腕を振り乱して壊れる姿を見て笑い続けるのだ。
 そうしてモノ江は他者を失ってゆく。彼女の微笑みは窓付きの包丁に似ていて、目に見えない分だけ厄介な代物なのだろう。
「そう……あなたもヒトではないのね……」
 窓付きは憫笑を浮かべた少女を刺した。苦鳴を上げて倒れた彼女の口元には相変わらず笑みが刻まれていた。