思い出のもの
素直やないし、すぐ泣くし家事はできひんし、飯もろくに作れへんかったしな。
ローデリヒにも、何度か相談したりもしたもんや。
せやけど、いつの間にか一生懸命なロヴィーノ見とったら、段々ソレも可愛く思えてきた。
戦から帰ってくる俺を、涙いっぱい両目に溜めて、そっぽ向いて『帰ってくるのがおせぇんだよ、コノヤロー』っていうあいつが愛おしくてたまらへんかった。
ほんま、何時からやろ、ロヴィのこと子分としてじゃなく愛し始めたんは……。
「―――ニョ、トーニョ、トーニョって、呼んでんだから、返事しろ、コノヤロー!!」
体を揺さぶられて、ふとアントーニョは我に返る。
呼ぶ声の主の方に顔を向けると、自然と笑みが零れた。
「あれ、ロヴィやん。
どないしたん?」
ふにゃっとした笑顔のまま、アントーニョは小首をかしげる。
手には半分以上残ったままのワインが揺れていた。
「お前が来いっていったんじゃねぇか。
忘れてんじゃねぇぞ、ちくしょうが。」
呆れ顔で、ポコポコと怒り出すロヴィーノ。
それをアントーニョは嬉しそうに見ていた。
「ああ、せや、倉庫掃除しとったら、これ出てきてん。」
嬉しそうに自分の隣の椅子に置いてあった、ボロほろになった羽が付いた色あせた赤い、パイレーツハットをテーブルに置く。
それを見たロヴィーノは、一瞬顔をしかめた。
「そんな顔せんといて。
俺には色んな思い出が残っとるもんやから。」
そう、ロヴィーノに微笑むと、アントーニョはパイレーツハットを突っつく。
それに、ロヴィーノは軽く溜息をつくと、アントーニョのテーブルを挟んだ対面の椅子に座った。
「うるせぇ、俺にはいい思い出があんまりねぇんだよ、ちくしょうが。
お前はいっつもへらへらしながら、血だらけで帰ってきやがって。」
心配していた事を隠すかのように、ロヴィーノはテーブルにあったワイングラスにアントーニョが飲んで残っていたワインを注ぐ。
「えー、親分かっこよかったやろ?」
けらけらと笑いながら、アントーニョはグラスのワインを飲み干すと、またグラスにワインを注ぐ。
「数百年、お前と一緒にいたけど、かっこいい所なんて見たことねぇぞ、ちくしょうめ。」
含み笑いしながら、ロヴィーノはワインを一口飲むと溜息をつく。
「つれんなぁ。」
笑いながら、頬杖をついて、じっと目の前のロヴィーノを見ると、それに気づいたのか、ロヴィーノは眼を逸らす。
「お前、のみ過ぎなんだよ。
何時から飲んでやがんだ、ちくしょうが。」
呆れ顔で、ロヴィーノがふと笑うと、目の前のアントーニョはそれに釣られて笑う。
ふと、アントーニョはグラスをテーブルに置くと、そのまま席を立ち上がる。
「親分、酔ってもぉたわぁ。」
アントーニョは嬉しそうに少しふらふらした足取りで歩き出すと、そのままロヴィーノの横に立ち、にっこり笑うと、そのままロヴィーノに抱きつく。
「ちぎっ、な、なんだよ、コノヤロー!!」
びっくりして、赤面するロヴィーノを尻目に、アントーニョはそのまま肩口に顔を埋める。
何も言わないアントーニョに、何度目か分からない溜息を少しつくと、ロヴィーノはそのまま癖のある彼の髪を撫でた。
「ったく、お前は馬鹿か。
辛い思い出もあるものだろうが。
見て、思い出して酒に逃げてんじゃねぇ。
しょうがねぇ野郎め。」
少し笑って、そのままアントーニョの髪を撫で続ける。
「やって―――」
何か言いかけたアントーニョはそのまま口を噤むと、きつくロヴィーノを抱きしめる。
それに笑って、ロヴィーノは彼の頭を軽くぽふぽふと叩くと、アントーニョを自分から引き剥がすと、寂しげな顔を見上げる。
「……ばぁか。
お前の為に戦って、死んでいった奴らの為に笑うんだって言ってたのは、どこのどいつだ、コノヤロー。
そんなんだから、俺にかっこいいところ見たことないって言われるんだ、ちくしょうめ。」
少し俯いた彼の頬を突っつくと、席を立って、そのままアントーニョを抱きしめ、アントーニョも何も言わず受け入れると、それに答えるように、きつく抱きしめ、そのままロヴィーノの肩口に顔を埋める。
「いつもお前は頑張りすぎなんだよ。
思い出引っ張り出さねぇと、凹めねぇってどんだけだ。
先に逝った奴らだって、今のお前見たら笑うぞ。」
片手で抱きしめたまま、アントーニョの髪をくしゃりと撫でる。
「……せやな、元気ださなあかんなぁ。
ちょっと、切なくなりすぎてもうたわ。」
そういいながら、声に元気がない。
それを聞いたロヴィーノは溜息をつく。
「―――お前のかっこいいところも、情けねぇ所も、弱ったところも、俺だけが知ってりゃいいんだよ。」
ポツリと零すように、言うと、肩口に顔を埋めていたアントーニョが少し笑った。
「耳まで真っ赤やで、ロヴィ。」
顔も上げずに笑うと嬉しかったのか、抱きしめる腕に力をこめる。
「ちぎっ、う、うるせぇぞ、ちくしょうめ。」
慌てなからそう言いつつ、ロヴィーノは首を傾げて、アントーニョの頭に擦り寄る。
それに、アントーニョはまた笑う。
「お前はそろそろ寝ろ。
で、元気だせ。
何時ものお前じゃねぇと、調子狂うんだよ。」
彼の頭をぽふぽふと叩きながら、冷静を取り戻すかのように言うと、アントーニョは更に笑う。
「んー、なら一緒に寝ようや。
添い寝したって。」
抱きしめたまま顔を上げたアントーニョは何時もの人懐っこい笑顔を見せた。
「ちぎっ、し……しょうかねぇな。
先、ベッドルーム行ってろよ。
グラス片付けてから行くから。」
真っ赤になった顔を背けつつ、するりとアントーニョの腕から抜け、テーブルのグラスを手に持つと、キッチンへと歩き出そうとした。
「あ、ロヴィ―――。」
言うのが早いか、行動が早いか、アントーニョはロヴィーノの腕を掴むと、そのまま軽く彼に口付ける。
唇に触れるだけの口付けに、ロヴィーノは固まった。
「ちぎーーーーーー!!
おま……。」
言いかけてたロヴィーノを尻目に、アントーニョは笑うとそのまま踵を返し、ベッドルームへと向かう。
「じゃ、待っとるでぇ。」
笑い声とともに、彼の靴の音が段々遠くなっていく。
その音が小さくなると、ロヴィーノは我に返り、そのままへたり込む。
「不意打ちはずるいだろうが……。」
ポツリとそう零すと、すくりと立ち上がり、キッチンへと向かう。
あいつのカッコいいところなんて、よく知ってる。
どんなに傷つきやすいかもよく知ってる。
数百年一緒にいたんだ、嫌と言うほど知ってる。
そんなアイツだから、愛せるんだ、好きになったんた。
死んでも、そんなことアイツには言ってやらねぇけどな。
そんなことを思いながら、上機嫌なまま、グラスを洗い出した。
END