キミ色に
静かだった室内に、少女の歌声が響く。
人間の少女のようで、人間ではないその声。
その声は、青葉が携帯電話を開き通話ボタンを押すとぷつりと途切れた。
「もしもし?」
電話に出た青葉が向こう側の誰かに話しかける。
二言、三言言葉を交わし、「ははっ」と小さく笑うのを、帝人は横目でちらりと見やる。
その視線に気づいたのか、青葉もこちらを向いて口角を笑みの形に引き上げた。
「ああ、うん。お前らに任せるよ、よろしく」
「じゃあな」と声をかけ通話を終える。
パチンと音を立てて携帯を閉じると、青葉は「すみません」と困ったような顔をした。
「すみません帝人先輩。うるさくなかったですか?気、散っちゃいました?」
「大丈夫だよ」と、視線は手元のノートに落としたまま答える。
教科書の例文をきりの良い所まで訳してノートに書き写すと、帝人はシャーペンを置き顔を上げた。
「ずいぶん可愛い着信音にしてるんだね」
何の気なしに言うと、青葉は「ああ、これ・・・」と携帯を開いてボタンを操作しながら言った。
「前に携帯置きっぱなしにしてた時に、ふざけて変えられたんですよ」
ピ、ピ、ピ、とうるさかった音が、マナーモードにしたのか消える。
代わりにカコカコという音が小さく聞こえた。
「普段マナーモードにしてるから、着信音変えられたのに気づかなかったんですよね。先輩知ってます?ボーカロイド」
「少しだけね」
ネット上で人気を博した歌姫は、最近では軒並みCD化されて一般のCDショップでも見かけるようになった。
僅かではあるが、代表的な曲なら帝人も知っている。
「ギンの奴が最近ずっと歌ってるんですよ。だから俺まで覚えちゃって」
ギンのはまりっぷりが余程ひどいのか、「ミクの『メルト』がすげえ良いとか、『magnet』がどうとかほんとうるさくてー・・・」なんて、ぶつぶつ言い始める。
それでも、曲自体は青葉も気に入っているのかもしれない。
会話が途切れると、机に肘をついて歌い始めた。
ぱらりと参考書をめくりながら、帝人はその声に耳を傾ける。
『歌でもなんでも、青葉君は本当に器用にこなすなあ・・・』なんて考えながら。
「あのね はーやくー パソコン入れーてよー♪」
はじめのうち聞き覚えがなかった歌詞とメロディが、サビに近づくにつれて聞き覚えのあるものに変わっていく。
それにつられるように、帝人は視線を上げ青葉を見た。
「どうしたの? パッケージ ずーっと 見ーつめーてるー♪」
『ああ、ここからは聞いたことがあるな』
帝人がそう思った時だった。
「キミのこと あっおあおに しーてあげるー・・・・♪」
青葉がちらりと帝人のほうに視線を向ける。
一瞬目が合うが、青葉はそれに驚いたように、慌てて顔を背けた。
同時に歌も止まってしまって、続く歌詞はいつまでたっても出てこない。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ほんの数十秒の沈黙の後、青葉がゆっくりと机に突っ伏する。
ちらりと見えた横顔は、真っ赤に染まっていた。
「何言ってんだろ、俺・・・」
掠れた声で、ひとり言のようにぽつりと青葉が呟く。
その空気に耐え切れず、帝人は見当違いなことを言って誤魔化そうとした。
「青葉君、歌上手いね」
「・・・・・忘れてください」
恥ずかしさに顔を隠す青葉は気づいていない。
話題を変えようとしている帝人の頬も、同じように赤く染まっていることに。
少年たちは自問する。
『先輩を自分色にしたい、とか』
『青葉君になら絆されてもいいかな、とか』
『『何考えてんだろう?』』
いつまでたっても答えが出ないまま、時間だけがゆっくりと進んでいった。