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夏の夜の夢

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満天の星の下しりしりと虫の音が響く、夏の夜。

 暗闇に浮かび上がる壮麗な白亜の宮殿の、裏庭の植え込みが突然がさがさと動く。
 にょきりと顔を突き出したのは、まだ顔つきに幼さを残す少年。
 せわしなくバルコニーを見上げ、そこに近く繁った灌木によじ登る。夜の闇をものともしない、敏捷な猫科の獣を思わせる動きだった。

 ふいにドアが開く音と、軽い足音。
 はっと身を縮め、少年――プロイセンは繁った枝に隠れながらそちらに目を凝らす。
 金の髪を靡かせて、少年と同じ年頃の少女がバルコニーに現れた。
 召使い用の粗末な薄い白の寝間着、だがプロイセンの目には、それがまるで姫君のドレスのように映る。
 薄く輝く髪のせいで暗闇の中彼女の周りだけ光がさしているように見えた。

 少女――ハンガリーは、夜風に髪を遊ばせながらうっとりと目を閉じている。

 その長い睫毛。
 微かに開いた柔らかそうなな唇。
 貝殻のようなピンクの耳たぶ。

――ああ。畜生。馬鹿野郎。

 変わり果てた幼なじみの姿にプロイセンは、内心で呪いの言葉を吐く。

――どこまで綺麗になれば、気がすむのだ。

 気心知れた喧嘩仲間。ただそれだけだった筈なのに、無性に会いたいと思う日が増えたのはいつからだろう。
 ろくな自覚もないままに、何かしら理由をつけては彼女に喧嘩を売りに行った。
 緑の瞳を怒りでキラキラさせて少女が掴みかかってくるたび、胸が不思議なくらいにわくわくと躍った。
 毎日つけていた日記の中に、いつしか彼女の名前が増えて、一頁まるまる彼女の名前だけで埋め尽くした夜、彼女の夢で夢精した。
 はじめは動転した。なにか悪い病気かとすら思い恐怖した。けれどそれと同時に、身体の芯に熱を帯びた甘いおののきを感じたのは事実。
 罪の色の混じった快感の記憶と瞼の裏から消えてくれない彼女の姿に、苦しい吐息を吐く夜を重ね、いつしか自らの手で熱を吐き出す行為を覚えた。死ぬほどの罪悪感に苛まれつつやがてそれは日課となり。

 戦続きの中、次第に疎遠となりながら、今、久しぶりに見たその姿は夢想の中より数百倍鮮やかに、愛くるしい。
 見つめれば見つめるほど、心臓が潰れそうにキリキリ痛んで、プロイセンは無意識に服の胸元を握りしめる。

 触れたい。 あの真っ白な首筋に顔を埋めたい。
 華奢な身体を腕の中にとじこめてみたい。

 いつものように彼女を犯す夢想に溺れかけながら、熱い息を弾ませ目を凝らし――プロイセンはぎくりと固まった。

 部屋の奥から、男の声。それに振り向いて、彼女がはにかむように笑う。
 何を話しているのか、恥じらいうつむいてみせる姿が艶かしい。
 相手の姿を見なくともわかる。彼女があんな風な顔をしてみせる相手は一人しかいない。

 オーストリア。彼女を奪い手のなかに収めた男。
 プロイセンは無意識にぎち、と唇を噛み切る。

――もう、抱いたんだろうか。

 ふと兆した真っ黒な予感に、思考が沸騰しぐらぐらと目眩がした。

 そんなことわかりきっている。あんな女を手にして、普通でいられる男がいるわけがない。
 性欲を覚えたての少年らしい狭い思考で、彼は他の男も自分と同じに違いないと決めつける。
 あんな女。朝から晩まで、死ぬほど可愛がって、めちゃくちゃに泣かしてやるに決まっている。

 ああ何故それが俺ではないのだろう。
 答えはあまりにも明解。己が弱いせい。貧しいせいだ。

(畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生――!!!)


 けれどその夜はあの男に抱かれる彼女を思い浮かべて三回抜いた。

作品名:夏の夜の夢 作家名:しおぷ