血の色は青い
戦いの末に、ようやくダイオウイカを仕留めたサムは、ほんとうにその血が青いことを知った。空を泳いでいたときには星明かりに照らされてつやつやとかがやいていた身は、見る間に白く濁っていき、つきさした銛からは青い血がぽたりぽたりと滴った。サムはその血を集め、そしてその身を切り刻んだ。ああ、早く、あの少女の元に戻って、伝えなければ。
「これ、美味しくないのよ」
細かい泡が浮かんだサイダーの、舌先にまとわりつきそうな甘さにうんざりして、彼女は口を尖らせる。話つづけて乾いた喉を潤してはくれない。グラスを逆立てて、残りのサイダーを全てこぼした。
彼女を捕らえて籠の中に閉じ込めた青年は、ソファに横たわったままで、気怠そうに手を振った。
「そう。言っておくよ」
彼は頭を抱えるようにして背を丸めた。お話の時間は終わりだ。彼は、眠ろうとしている。彼女は溜息をついて、籠の底にしきつめられたやわらかい褥の上に横たわった。瞼を閉じて眠ろうとすると、薄闇の向こうにサカナの惑星の様子を浮かび上がってきた。次のお話だ。
――サムは……。
この籠の中に閉じ込められてから、どれだけ時間が経ったのだろう。彼女にはわからない。籠の中で、眠り、食事と飲み物を与えられて、ときどき歌い、ときどき話す。彼を訪ねてときどき客が来るけれど、ほとんど彼はソファに身を預けている。彼は眠れないようで、ともにいる彼女もあまり眠れなくなった。彼が寝返りをうつたびに、揺り起こされてしまう。
彼は、いくたびからだを反転させたあと、ようようとして起き上がって、テーブルに置いていた飲みさしのグラスを傾ける。血のように赤い葡萄酒がゆらゆらと揺れる。
「ねむれないよ」
彼は飲み干して、ふらりと顔を彼女に向けた。青ざめた頬に、涙が星のように流れる。それを見て、彼女は喉の渇きをおぼえた。
「わたしも、それが飲みたい」
彼女が籠の間からグラスを差し出す。金属の柵にあたり、ちり、と音がした。
「君、未成年じゃない」
「一口でいいの。あなたが黙っていたら、誰にもわからないわ」
「君は、なかなかおきゃんだね」
彼は、呆れたようにも笑っているようにも見える曖昧な表情をして、ワインのボトルを持ち上げる。彼女が差し出したグラスに、血のように赤い水を、ほんの少しだけ注ぐ。彼女は、白い喉をのけぞらせて飲み干した。とろりと喉を落ちて、口の端からこぼれた雫を指先で拭い、声を出さずにつぶやいた。
(――そして、ふたりは秘密を持った)