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Showtime

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「やっと起きたんですね」
「ド……ドクター?」
 起きたとたん5センチほど先に蓬莱人外科医の顔があった。それは心臓に大変よくなかったが、もともと喜怒哀楽の感情が極端に少ない大尉は素っ頓狂な感嘆詞を吐かないで済んでいた。
 場所は、外科主任室。最後の記憶を辿ると、確か自分はここでお茶を飲んでいた。つい居眠りをしたようだ。
「あれ?」
 手首の辺りに違和感を感じて動かしてみようとするが思い通りに動かない。腕を後ろに回され固定されているようだ。
 もう一度力を入れ動かそうとすると、手首同士がぶつかり金属音がした。それだけじゃない。足も何かに硬く縛られ、椅子の足に固定されたままだった。
 慌てるルシファードを一瞥して、外科医はなかなか見せない余裕げな微笑を浮かべながら離れていった。ルシファードは直感的に確信した。
「サラディン、これは何の真似だよ?早く解いてくれ」
「私はかまいませんが、大丈夫ですか?」
 涼やかな声はテーブルを跨いで聴こえた。
「何が?」
 目が合った。ゆらゆらする焔を含んだ瞳を目に当たりにして、ルシファードは低く唸った。
 起きた時のショックが大きくて、自覚するのが遅れたらしい。何処からかすっきりした上品な薔薇の香りが微かにしていた。
 ……やられた。
 素面でも至近距離ではやばい。媚香まで使われて、大丈夫なわけがない。あげくにすでに顔を見てしまっている。これは最初からそのつもりだったのだろう。
「大丈夫ですか?」
 もう一度訊かれる。体の奥底から強烈な欲望が湧き上がっていた。
 キスしたい、触れたい、抱きしめたい、そして……。
「……」
「何も言わないんですか?」
 にこにこ愉快な笑顔。
「……」
 言葉もまともに紡げないルシファードは睨めしくそんなサラディンを見やる。
 確信犯だった。
 この状態では会話さえ辛いことを知っているくせに。
 今でも彼の顔を見なければ少しはマシになるかもしれないが、視線を逸らすことはできなかった。
 黒髪の男は、超人的な精神力で何とか言葉を発することに成功した。
「ズル……いぜ、ドク……ター。約束……は、どう……したんだ?」
「何のことでしょう」
「そりゃ……健全……な…」
 健全な友人関係の構築のため努力するという約束。
 健全な友人関係、健全な友人関係、と何度か口の中で繰り返すが、空しくそれ以上は到底続かなかい。
「私にとってはこれも〝健全な友人関係〟の一環ですが、あなたには違うんですか?」
 そう言いながら、サラディンは一歩一歩近寄る。
「ド…クター。来る……な」
「本気ですか?」
 満面の微笑を浮かべた蓬莱人は、釣れた魚の最後の足掻きを楽しむことにしたらしく、またゆっくり半歩近づいた。
「うっ…」
 いよいよサラディンは吐息がかかるほどの距離まで寄った。
 欲望、衝動、渇望……。
狂いそうなほど目の前の外科医がほしくてたまらない。
 妖艶に微笑む外科医の瞳がゆっくりと近づくと同時に、心臓が爆発してしまうのではないかと思うほど激しく脈を打ち始めた。
 焔色の双眸、パールホワイトの頬、すっと通った鼻梁、その下に見えるのは妖艶な薔薇色の唇……。
 その唇がさらに近づく。
 早く自分のものにしてしまいたい。
 唇を割って侵入して、綺麗な歯列を己の舌で直に味わう至極の恍惚を知っていた。
 しかしいくら待っても、サラディンは手が届く直前の距離に留まり、それ以上接近を拒む。
 椅子に固定されて身動きできないのがもどかしい。
「サラ……ディン」
「どうしました?」
「……」
「何がお望みですか?言ってごらんなさい」
「頼……む、からっ……」
「人間声に出して言わないと他人には分かりません。三歳児じゃあるまいし、ご存知でしょう?」
 恐ろしいほど整った美形の顔が少し顰められる。
「……き…」
「はい?」
「す、さ……せて」
「何言ってるかよく聴こえませんね」
「キ…ス、させて……」
 その言葉に蓬莱人は満足げに勝者の笑みを浮かべた。
薔薇色の形のいい唇は接近したが、男の期待を裏切りまた遠のいていった。
「……っっ…」
「お仕置きですから」
 気が気でなくなったルシファードは、抗議しようとするが言葉にはならない。
 男の脳内では、俺が何をしたっていうんだ、いい加減許してよ、などの絶叫が耐えないが、当の本人には許すつもりなんぞこれぽっちもなかった。
「せいぜい数時間耐えればいいことではありませんか?」
 実際どれほど効力を持つのかはまだ分からないが、取り敢えず適当な数字を言っておく。サラディンは苦しむ男を置き去りにして、これまで移動した距離を一気に引き戻った。
 テーブルの向こうのソファは、見物には持って来いの場所だった。
 ――そう、これはお仕置きです。私を置いて、混血種の小娘なんかと遊んだお仕置きですよ。
 傷ついた蓬莱人のプライドの対価は、決して安いものではなかった。
 純潔の蓬莱人はソファーに深く身体を預けた。やがて部屋中が咽るような薔薇の香りに満たされた。
 It’s showtime!


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ノベリストでは初投稿です。うきうき。
少しでも楽しんで頂けたたら幸いです(^^)
作品名:Showtime 作家名:千歳蘭