ことばにできない
※大学生パロディ
謙也さんのあの阿呆みたいな頭の色が、日本人の色になっていた。
「・・・黒いっすね」
俺は思わずぜんざいを食べていた手をとめて、向かいに座る、あまり見慣れない謙也さんをまじまじとみる。7年近く、もちあがりだから受験のときすら金色だった、あの阿呆のような髪の色、大事なことなんで二回言っとくわ、その髪の色がとうとう生まれた時の色に戻ったので一大事である。いや、ちゃうな、そこまで一大事やないな。部長の買ってるカブトムシが冬眠したくらいのレベルやな。
昼を少し過ぎた学食は人もまばらである。有線から最近よく聞くいわゆるK-POPっちゅーやつが流れている。そんなんなら洋楽流せっちゅーねん、そういや次の曲どないな感じにしようかな、最近ずっと激しめやったからバラードもええかもなあ・・・などと考えていると謙也さんが似合わへんか?と聞いてきた。
あ、すんません今あなたの髪のことより曲のこと考えてましたわ。
「似合わへんっちゅーか、なんか新鮮すわ」
「俺も何年ぶりかに戻したからなんか変な感じやねん・・・」
「なんか真面目そうに見えますわ」
「俺はいつも真面目やん・・・」
「いやあんたちゃらそうやもん」
そう言ってスプーンにのったままの白玉を口に運んだ。謙也さんは、俺一途やのになあとごちる。そんなん俺がいちばん知ってますっちゅーはなしや。・・・口にはせんけど。あー白玉もちもちしておいしい。
「ちゅーか、そもそもなんで戻したんすか、色。謙也さん、医学部やから就活関係あらへんやろ」
「せやねんけど・・・なんやみんな今黒やん?ほら、就活組が。ほんで謙也も試しに染めてみたらええやんって話になって、なんか流れで」
「どないやねん・・・」
流れで7年間の髪の色を変えようとすることがすごいっすわ。ほんま、あほやなあこのひとは。俺は黒のほうが似合う服ばかりもっているのでたまたま黒なだけで、あんま髪の色を変えることにこだわったことはないけれど、それにしてもそんな流れで染めるのはごめんである。
「まーええんやないすか。悪くないし」
「・・・まー、また気ぃ向いたら金にしよかな」
「黒の方がモテますよ」
「・・・黒にしとこかな」
「・・・」
「・・・冗談やん・・・」
阿呆や、と呆れた目でみたら謙也さんは眉をさげて上目使いでこっちをみてきた。あーなんか、髪黒いせいか、めっちゃ幼なくみえる。まるでこっちが年上みたいや。いや別に普段でも俺のほうが年上のようなことは多々あるのだけど。阿呆という言葉ほど謙也さんを形容するのにふさわしい言葉はないほどに、ほんとうにあほうなのだ。それでも時々、ふっとしたときに、きもちを軽くしてくれる。おとなのように、包んでくれるので、俺はこの先輩に一生敵わないんやろな、ともおもう。つまりは、みとめているのだ。あんま、口にしてはないけど。
謙也さんはしばらく居心地悪そうな顔をしていたのに、不意にすぐ顔を明るくした。ころころ忙しいひとやなあ。そういうとこが、すきやけど。いや、口にはせんけど。
「あ、せや、な、次の時間ひま?」
「あいてますけど」
「靴買いにいくんつきあってくれへん?」
「ぜんざい3つでどうすか」
「おま、まだ食うんか!」
「・・・冗談やん」
さっきの謙也さんの口調を真似たら、にやりと笑われたので、こっちもにやりと笑ってやる。ほんまいくつになっても、どんなんなっても、このひとはこのひとやなあ。お互い年もとったし、大人にもなったはずやけども。こんなどうでもええ一日を今日も迎えられたことは、まあ、ええことなんやろな。
「・・・今度は俺が金髪にしよかな」
「冗談やろ?」
「冗談すわ」
空になったぜんざいのカップを手にして立ち上がる。そして今日も、このあほな人につきあうのだ。それがまあ、あるいは、しあわせっちゅーやつか。しあわせついでに、今日はすこし、気持ちを言葉にしてもええかもしれへんなあという気持ちになる。こんなん、何年かに、数回だけやわ。
今度は冗談ちゃうくて、本音のことを言うから、ちゃんと聴いててや、ほんま、このあほう。