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ある一室/おそろしく色づいた会話

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 暖房の完備された室内は、その隅々までがまるでホテルの一室のようにうつくしい状態に保たれていた。ぴかぴかに磨かれた床、やわらかな羽毛のじゅうたん、上質な革張りの黒いソファ、サイドボードに陳列されたグラス。それらのどれもが静かに佇んでいて、無駄なものの一切ない部屋の中に、ゆるやかに溶け込んでいた。
 ハルが用意してくれたコーヒーはすっかりさめてしまっているようだったけれど、それに添えられたカファレルのチョコレートの甘い香りは、綱吉のひえびえとした心をほんの少しだけ満たしてくれた。
 けれど、彼は、その部屋の中で、自分だけがすっかり浮いた存在であるように思えてならなかった。落ち着かないようにそわそわしていると、雲雀に睨まれてしまうので、所在なく膝の上にのせられた左右の手は、せっかく彼女が用意してくれたはずの珈琲にも、贅沢なほど高級なチョコレートにも触れられないでいるのだった。
「用件はそれだけ?」
 かたや雲雀はごく自然な所作で珈琲を啜る。わかってはいても、綱吉はその光景を目の当たりにするたび、いつも目を剥きそうになる。あの雲雀が――人間の血も涙もないいきものであると論われていた、あの雲雀恭弥が、ハルの淹れた珈琲を飲んでいるのだ。それ以前に、彼女を家においている。その事実に綱吉は眩暈をおぼえる。
「ええと・・・まあ」
 曖昧な笑みを浮かべながら――彼は少しも雲雀の癇に障ってはならないと、とにかく必死だった――ようやくカップの取っ手に手を添えた。冷めてしまったコーヒーの香りは、よそよそしくも張り詰めたこの空間に、すっかり霧散してしまっていたあとだったけれど、口の中にひろがるチョコレートの甘さと、ナッツの香ばしさだけが、少しの間だけ、現実から彼を遠ざけてくれるような気さえするのだった。
 けれどもそれはほんの一瞬のうちに、彼の目の前の男によって払拭されてしまうのだ。
「じゃあ、さっさと帰りなよ」
 ひどい言われようもあったものだ、とは思うけれど、綱吉はそこで雲雀に反論できるほどの度胸を持ち合わせてはいなかった。そういったところは、十年前の自分とちっとも変わっていないと綱吉は思う。大勢の人間と同じ場所やものを共有することを極端にきらっている彼の性質を考慮して、わざわざこちらから出向いたというのに。その言葉は、しかし彼の内にとどまるのだった。しょせんは邪魔者ということだ。そのくらい、頭の悪い彼でも察しているつもりだったのだけれど。
「あの、それじゃあ失礼します」
「ああ、そう。帰るなら彼女にここに来るように伝えておいて」
 そうして席を立った綱吉に、ついでのように伝言を授ける。
「・・・わかりました」
 一刻もはやく外の空気に触れたいと思っていた綱吉は、了承を返答とし、ドアノブに手をかけたところだった。けれども雲雀はそんな彼がふたたび愕然としてしまうようなことを、こともなげに言ってのけたのだ。
「くれぐれも彼女におかしな気を起こさないようにね」
 そうしてまた、ハルの入れた珈琲を取り入れるのだ。その未知なる身体のおくに。

 部屋をあとにした綱吉は、彼のことづてを済ませるためにハルのもとへと向かった。おそらくこのだだっ広い家のどこかで暇を持て余しているのだろう。こんな場所に溶け込んでいる高級菓子のような彼女など、彼にはとうてい想像できなかった。ましてやそんな彼女に欲情するなど、ありえないことだ。彼には彼の愛する女性がいる。
 先刻の雲雀の言葉をくりかえす。考えるだけでまた眩暈がした。そんなことは言われるまでもなく承知している――むしろ彼女といるとろくなことがない――とは、口が裂けても言えないな、と彼はひそかに思うのだった。


(2009.08.06)