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僕はここにいる/君はどこにいる

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 まるで、宇宙に底があるような堕落感だった。宇宙に底があるだなんて、僕みたいなただの人間が知るはずもないのだけれど、もしかしたらあるのかもしれないし、やっぱりないのかもしれない。けれど、そういった誰も知らないとても恐ろしい場所にひとりで置きざりにされて、ただ絶望するような感じだ。これは、喪失してゆく過去。せまくうす暗い個室の隅にうずくまって、僕はルイスのことだけを考えた。彼女が今どこで何をしているのか。僕のとなりには、どうして彼女がいないのか。うつくしい金の長い髪をなびかせ、僕を映す、宝石をはめ込んだような瞳が、きらきらとかがやいているさまを、紅色に染まる頬を、みずみずしい唇を、僕はこんなにも鮮明に思い出せるというのに、となりに彼女はいない。僕のそばにあるのは、受け入れたくない現実だけだった。
 僕の身体は、柔らかくて分厚いブランケットにくるまれている。たしか、フェルトという少女が用意してくれたものだ。この戦艦に連れてこられたとき、正気でなかった僕は、刹那に銃を向け、すべてを拒絶した。――今なら少しは冷静になってその時のことを振り返ることができるけれど、その度にこれが嘘だったらよかったのに、と何度も思った――少しだけ心配そうに僕を見つめるそのフェルトという少女も、詭弁的な思想にとらわれつづけているスメラギという女も、刹那も、その仲間たちも。もっとも、今でも受け入れられるとは思っていない。彼らは僕の許せない塊だ。
 戦場に出る男たちと、それをサポートするひとたち。驚くべきことは、そのなかには幼い少女もいたということだ。僕よりもちいさな、まだ子どもの女の子だった。耳もとでふたつに結われた栗色のやわらかそうな髪をゆらしながら、くるくると表情を変える子ども。昔のルイスと同じように、あどけない表情を浮かべる、女の子だった。
 僕は怒りにふるえた。彼らの神経を疑った。戦争なんて、したいやつだけですればいいじゃないか。何度もそう思った。そしてそれは正しいことであると信じていた。
「どうして君はこんなところにいるの?」
 ミレイナという、その女の子が僕のところへ食事を運んできたとき、僕は彼女にそう尋ねた。彼女はきょとんとした顔で僕の前に立っていた。不思議なものを見るような眼で、首を傾げて。唐突な問いかけだったから、すぐには理解できなかったのだろうけれど、彼女のどこまでも澄みきった瞳は、僕の不安を掻き立てるにはじゅうぶんすぎるほどだった。ここは戦場と何も変わらないはずなのに、ミレイナという少女はここにいる。その事実がひどく恐ろしかった。彼女はルイスに似て、ただの女の子であるはずなのに。
「ええっと・・・クロスロードさん、ですよね?食事はここにおいておきますです」
 ひとつひとつたしかめるように、ゆっくりと僕の名前を唇にのせながら彼女は言った。僕の問いにすぐには答えず、持ってきていた食事を近くのテーブルの上にのせてこちらに向き直る。こんなものを持って来たって意味がないのに。テーブルの上に置かれた宇宙食を横目に、僕はとても気分がわるくなった。出された食事には一度も手をつけたことはない。人殺しである彼らに生かされているということが許せなかったからだ。
 冷えてしろくなった指先を握り締めながら、僕は角度をすこし変えてもう一度彼女に尋ねた。
「君のような子は、ここにいるべきじゃない。こんなところにいてはいけないんだ。わかるだろう?」
 これは僕の正論であり、世界の正論でもあるはずだった。それを掲げて、あわよくば、彼女を連れてここから逃げ出そう。そう考えるに至った。そしてルイスに会わせよう。そうすれば、きっとふたりはうまくいく。姉妹のように。
「でも、ミレイナは、パパとママと、それから、みなさんの力になりたいのです」
 けれども僕のその素晴らしい思いつきは、あまくて可愛らしいミレイナ自身の一言によって、みるも無残に崩れ去ってしまうのだった。
「それに、もっとずっと、パパとママと一緒にいたいです」
――クロスロードさんには、ずっとずっと一緒にいたいと思う人はいないのですか?
 彼女がそうやって僕に問うときのきらきらとした瞳と、しあわせだったころのルイスの瞳が重なる。まったく違う色彩を持っているのに、僕の目の前にいるのは、紛れもないあのころのルイスだった。
「君が・・・ルイスのはずがないのに」
「るいす?」
 無意識に出てしまった言葉はむなしく宙に溶けてゆく。ミレイナは聞き覚えのない名前に首を傾げていた。彼女はルイスのことを知らない。ルイスがふつうの女の子だということも、僕の恋人だということも、指輪のことも、君が力になりたいと言ったこの組織に家族と片腕を奪われたということも、その瞬間から、彼女がもうふつうの少女ではなくなってしまったということも。ルイスという女の子が、僕が世界でいちばん、もっとずっとずっと一緒にいたいとおもう人であるということも。全部、全部、ぜんぶ。君は知らないんだ!
「食事、ありがとう。もう、いいよ」
 少しでも気を許せば、きっと駄目になってしまう気持ちをごまかすように、膝に顔を埋めて呟く。今ここで怒りに任せて大声で泣き叫んだたら、彼女はびっくりしてしまうだろうか。けれど、そうやってあふれるつづけるあつい気持ちとは裏腹に、僕の体力は日に日に落ちていって、涙を流すことさえもできなくなってしまっているようだった。
 彼女が部屋から出て行く間際、ちゃんとご飯食べてくださいね、と言っているのが聞こえたような気がしたけれど、それは僕にはっきりと伝わるまえに、目の前でぽとりと音を立てて落ちていった。
「ルイス・・・」

 その日、深い深い眠りの底でルイスに会う夢をみた。夢の中の彼女は、とてもしあわせそうに笑っていた。
 用意された食事は僕の喉を通ることもなく、すっかり冷え切ったまま、やっぱり今日もテーブルの上に置き去りにされているのだった。


(2009.08.06)