シルバーキャット
並みの人間でもあるまいし・・・心配する必要は一切ない・・・ないのだけれど。
馬鹿に存在感を示すそいつが・・・ふいに居なくなると・・・やけに視界がクリアで落ち着かない。
そう、落ち着かないのだ。
視線をめぐらせ、あの赤いコートが見えないと、今度はだんだん腹が立ってきた。
確かに・・・休憩時間をもうけたのは自分だ。
自由に行動していいと言ったのも自分だ。
自分から率先して皆から離れ、買物に行ったのも自分だ。
理不尽だと分かっていても、俺はあいつが居ないのに腹を立て、あいつを探し始めた。
しかし・・・・
すぐに見つかるという予想に反して、あの目立つ男の姿は何処にも見当たらない。
一体何処にいったのか・・・まさかとは思うが、腕試しとばかりに一人で狩りに出かけたとか・・・
俺はその可能性を考え、ありうると、頭を抱えたくなった。
そして、反対に腕を組んで、頭を上げたとき・・・
「見つけた・・・・・」
ありえない場所に、俺はアイツをみつけた。アイツの欠片。
「寝てる・・・のか?」
それは、5階ほどのビルの屋上、ひらひらと風になびく赤いアイツの欠片。
「寝相・・・そんなに良くないくせに・・・」
なんであんなところで寝てるんだよ・・・。
俺は心配するより腹が立ち・・そして腹が立つより、少しだけ嬉しくなってそのビルの中に足を踏み入れた。
「ホントに寝てるし・・・」
屋上に出た俺はそれをみてあきれてしまった。
柵の無い屋上の縁(へり)にダンテが気持ちよさそうに横たわっている。
腕を枕に、仰向けになって・・・・長い足を軽く交差して・・・。
そして・・・その長いコートが、ダンテの寝ているそこから落ちて、風になびいている。
俺が近づくも、全く気付かずにのんきに寝息を立てている。
いびきをかくこともなく、スースーとした静かな寝息。
何の夢を見ているのかはしらないが・・・何処と無く微笑んでいるようにも見える寝顔だった。
「あきれた・・・・俺には、あぶねーから何処でもホイホイ寝るなとかいっておきながら・・・
自分は、屋外でどうどうと寝るのかよ・・・・」
まぁ、コイツの場合は、大抵の悪魔なんか目じゃないかもしれないが・・・。
こうやって堂々と屋上で眠る様は、大きな猫が日向ぼっこでもするような趣がある。
青みを帯びた銀色の猫・・・目はブルーっとくれば・・・なかなかいい血統の猫のようだが・・・。
まぁ・・・・こいつは猫って柄じゃないけれど・・・つーか、どっちかっていうと猛獣だよな。
大きなホワイトタイガーとか・・・・いや・・・こんだけ赤いのだから赤いものを連想しなきゃいけないんだろうか。
でも、赤い猛獣なんていないし・・・
「血染めのライオンとか・・・?」
いいかもしれない。
血染めといえば・・・・。
俺はダンテのすぐ傍に立って、足をあげた。
そして・・・・
繰り出そうとした足を、ダンテの手が掴む。
「おぉ・・・」
「おぉじゃねぇ・・・何しようとしやがった・・・」
先ほどまで、両手を頭の後ろで組んで寝ていたくせに、いつのまにか、左手が伸び、俺の足首を掴んでいた。
「何って・・・実験?」
「実験?じゃねぇよ。油断もすきもねぇなぁ・・・」
小さく舌打ちをしてダンテは起き上がると、俺の足首から手を離し、片足を宙にブランと出して、あくびをした。
くちをあんぐりとあけて、いっそ気持ちの良いくらいにでかいあくび。
「なぁ、今のって、俺の気配に気付いておきたの?それとも、俺が蹴るとおもったからおきたの?
それとも、最初っからおきてたの?」
上半身を起こし、座っているダンテに合わせるように俺はしゃがんで尋ねた。
ダンテは何を言ってるんだというような、不審な目を向ける。
「いや、何となく」
「さぁ・・・な。お前が来たからだろう・・・」
どういう意味だろう?思っている間に、ダンテは一度大きなあくびをした。
誰もが知っていることだろうが・・・・あくびというものは伝染する。こうも間近で気持ちよさそうなあくびをされると・・・
「・・・ふぁ・・・・・」
ダンテを見習うように口をでかくあけて、あくびをしてみれば・・・
「なんだよ」
にやりと不敵にわらうブルーの瞳。
「いや、眠いんなら腕でも貸そうかと思ってな」
「・・・・エロハンター」
じと目で睨んでやるも、彼はにやにやとした笑いをやめない。
何だよ・・・言う前に、ダンテの腕が伸び、俺の首の後ろに回る・・・といっても、角があるから俺の後頭部といったほうがいいだろう。
「何?」
ダンテの手に力が入り、引寄せられる。
にやりと笑ったままの口元に、嫌な予感がした俺は反射的に力を入れてそれを拒むが・・・
ダンテの方が上手だった。
俺がそれ以上動かないと一瞬で悟ると、彼のほうが動いた。
「ちょ・・・まっ・・!」
言う前に、唇がふさがれる・・・。彼のそれによって・・・。
このクソエロハンター・・・・!!!!
突き飛ばしてやろうとした・・・が、手を伸ばすのは、またもやダンテの方が早かった。
ダンテは顎の下に手を置き、両側から頬を挟み込むそして・・・無理やりに顎をこじ開けさせた。
「ん・・・・・!!!!!」
結果・・・いうのも癪だが、ダンテは最初に俺に口付けたときよりも顔を横に倒し・・・割った俺の口の中に、舌をすすめてきた。
必死に逃げるも・・・敵わず・・・。
「ん・・・・!!!」
必死に身をよじる。っつか・・苦しい。
なれないせい・・・というのは悔しいが・・・彼のようにこういったことには踏んだ場数が違う。
息を吸うタイミングがつかめない。
口の中をいいように嬲られ、嫌でも体温が上がり、体が麻痺しかける。
それこそ、ダンテの思う壺だというのに・・・悔しいことに、彼を引き剥がすための手が、彼にすがりつくための手に変わってゆく。
このままではいけない。このまま流されるわけには絶対にいけない。
何より、俺のプライドがそんなことは許さない。
しかし・・俺の意思とは関係なく、だんだん力の抜けていくからだ・・・
もう・・・だめだ・・・そう思ったとき、勝利を確信したせいか、ダンテの口元がにやりと上がり力が一瞬緩んだ。
その一瞬で俺には十分だった。
両手をダンテの胸につくと思いっきり突き飛ばした。
「ぁ・・」
「ぉ・・・」
最初のが俺の声で、その一瞬後(あと)に続いたのはダンテのそれ。
わすれていたが、此処は屋上の縁だった。
ダンテは、しばらく未練がましく両手を振ってバランスをとろうとしていたが・・・見事に後ろにひっくりかった。
もちろん、ひっくり返ったところは空中・・・。
「ダンテ・・・!」
慌てて、縁から半身を乗り出すが・・・。
小さくなってゆくダンテに俺は思わず目を瞑った。
「うぁぁ・・・・」
バスン・・・っという何かがつぶれるような音・・・。
恐る恐る細く目を開けると・・・
ビルの下に積んであったダンボールがべこべこにへこんでいて・・・
「・・・・ま・・・・自業自得だよな」
とりあえず苦く笑って、手を合わせてみた。
ごめんなさい。
多分、あと数秒後にはエロハンターの怒声が響くはずだ。