死んでしまった俺
俺が持っている最初の記憶は二つ上の兄の背中を走って追いかけているというものだ。
兄の後を一生懸命に、足をもつれさせながら、重い頭をよろよろと支えながら小さな歩幅で走っていた。
小学校に上がってからはサッカーを始めた。
ボールを何処までも何処までも追いかけて走った。
中学と高校は陸上部に入った。
短距離をかけるのも、長距離を走るのも好きだった。
心臓が早鐘を打ち、血液が全身を駆け巡り、頭の中が真白になるまで走った。
大地で地を蹴り、体を前へ前へ。
だけど、今の俺ときたら・・・。
「走りたいんだよ」
吐き出すように言うと、俺の唯一になってしまった友人は困ったように微笑んだ。
「走りたいんだ」
「うん」
「でも、ダメだよな」
この足じゃ。
そういって自分の足を示すと、彼はまた困ったように微笑んだ。
俺はしばらく赤い砂を見つめ、それから首を振った。
自分の言動がものすごく情けないものだと気付いたから。
「ごめんな。愚痴いっちまって」
「いや、そんなことない」
彼は駆ける事が出来る。
でも、彼はそれを望んでいるのだろうか・・・?
悪魔になって、丸くなった東京で、血みどろの戦いを繰り返しながら、傷つき、傷つけ・・・それでも駆けることを?
「玲治・・・お前、これからどうするんだ?」
時折尋ねてくれる最後の友人にそう問うと、彼は何処か遠い目で俺の向こう側を見つめた。
「・・・・わからない」
「わからない?」
「うん。わからない」
彼は何か辛いものでも見るように、眉間に小さな皺を寄せた。
何を見ているのか・・・彼の視線を辿っても、ただただ波打つような砂漠が広がっているだけ。
丸くなってしまった東京。
ただ、佇むことしか出来ず、何も成すことが出来ない俺。
無尽に駆けることが出来て、全ての可能性の鍵を握っている玲治。
「やっぱり、羨ましいって言ったら・・・怒るよな?」
ぽつりと言うと、玲治は少し考えて首を振った。
「そんなことないよ。」
「でも、ムカツクだろ?」
「そんなことないって」
彼は憂いを解き放ったかのように笑った。
俺は駆けたい。
大地を蹴って、体を前へ前へと・・・。
だけど俺には足はないし・・・いや、それどころか体すら曖昧だし・・・。
俺と玲治は全く異質になってしまった。
俺は死んで、彼は生まれた。
「なぁ、玲治」
「ん?」
「俺の事なんか・・・死んだ奴のことなんか気にする必要ないんだ」
走ることが出来なくなった俺。
もう一度駆けたいとは思うけれど・・・。
でも、死んだ奴なんて、誰だって一つくらい思い残しはあるはずだろう?
そりゃ、理不尽な死に方だったさ。
だけど、満足のいく死に方なんてできる方が稀なんじゃないか?
だから、
「お前はお前のやりたいことを、やりたいようにやればいいよ」
死んだ奴を気遣う必要なんてないんだ。
まっすぐに彼の目を見つめて言った。
彼はしばらくその俺の目を見つめ返し、それから悲しそうに微笑み、
「また来るよ」
とだけ、言い残して俺に背を向けた。