馬鹿と鋏とアリス
アリスは、俺のことを名探偵か何かだと思っているようだ。
俺自身はそんなことは思っていないのだが、彼に言わせるとそうなのだ。
反対に、俺はアリスのことを迷探偵だと思っている。
俺はそう思っているのだが、アリス自身は決してそれを認めようとしない。
アリスの『迷探偵』の意味を、アリス自身は迷惑探偵の意味だと思っているらしいが、俺にいわせれば迷悟(めいご)探偵の迷探偵。つまり迷ってるだけで悟らない探偵だ。
もしくは迷夢、迷妄。つまり他人に迷惑をかける探偵ではなく、迷ってる探偵。
違いがよくわからない?それはすまない。俺は彼とは違って言葉をたくみに使うことには長けていないのだから。
つまり、俺が何を言いたいのかというと、俺は彼を少しだけ頭の鈍いワトソンとして扱っているのではないということだ。
はた迷惑な思い込みだけを手がかりに推理を働かせる迷惑探偵だとしたら、俺は彼をフィールドワークにつれていきはしない。いや、その前に、そんな奴と俺とが友情を築けているとは思えない。
そして、幸いにもアリスはその意味での迷探偵ではない。
迷ってる探偵。
だが、ただ迷ってるだけではただの役立たずだ。アリスはそれとは少し違う。つまり、彼は手元に全ての材料をそろえてしまうことが出来るのだ。そう、机の上に全ての道具を広げてしまってそれから迷っているのだ。
そこからが、俺としては不思議なところなのだが・・・彼はそれをうまく筋道を立てて推理することが出来ない。
だから、迷悟の『悟』の抜けた探偵なのだ。
その証拠に・・・・
「アリス、○○屋敷での書斎覚えているか?」
突然、そんなことを俺が言い出すと、彼はきょとんとしたあと、視線を天井に一瞬はしらせ頷く。
俺が続けて、
「その机の上にあったものを言ってみてくれ」
などというと、彼は指を折り、そしてまた立てながら机の上のものを全て数え上げるのだ。
「黒い万年筆が1本、ちなみに、蓋がはずれてた。っと、それの下敷きになるように便箋が2枚。
便箋は下の方の一枚が、少しずれておいてあったな。ちなみに、その便箋はホテル○○の文字がはいってた。
白い便箋で、薄い茶色の罫線がはいっとったな。そして、いまどき珍しい黒電話・・・・」
俺はそういうアリスが時々驚異的に思える。
もしかしたら、机の上に材料をそろえすぎてかえって分からなくなっているのかもしれない。
俺がまじまじと彼の顔を見つめていると、数え上げていたアリスがふととまって首をかしげた。
「なんや?なんかついとるか?」
「"なにか"はついてる」
「そうやろなぁ、目に鼻に口がバランスよくならんどるやろ」
「そうか?俺には多少いびつに見えるぜ」
「うっさいわ!」
そう、俺は彼を馬鹿だとは思っていない。
だが、少々抜けている。
それともとっぴな発想は推理小説家の宿命なのだろうか?
だとしたら・・・
「なんや、まだ何かいいたそうやな!」
「あぁ・・・推理小説家がうつると大変だと思っただけだ」
「なっ!」
絶句するアリスに背を向け、コーヒーを入れに席を立つと、後ろからギャーギャーと声が聞こえてきた。
とっぴな発想はいらないが、彼の記憶力には俺は敬意を払っているのは確かだ。
いらぬ情報が数多く入っているとはいえ、その洞察力は確かなのだから。
だとすれば、彼の言う『名探偵』としては、『迷探偵』を利用する手はない。
つまり・・・馬鹿と鋏とアリスは使いようっというわけだ。
もちろん、馬鹿と鋏がイコールではないように、馬鹿とアリスもイコールではない。
ただ、使いようはあるのだが・・・・少々危険を伴うのは鋏に似ている。
危険なのは彼のトラブルを呼び寄せる性質と共に、俺に盛大に恥をかかせるという所業のことでもある。