鋏・糊・紙
シャキシャキと小気味良い音が部屋に響く。
俺はそれを一瞥して、ソファに越しかけ、テレビのリモコンに手を伸ばした。
ニュースにチャンネルを合わせる。
男が今日あった、駅前での通り魔事件について語っている。
40~50代くらいの男がいきなり通行人である女性に襲いかかったそうだ。
女性は幸いにして軽症ですんだが、精神的なショックが大きい。
男は、その場で取り押さえられたが、意味不明なことを口走っている。
昨今にあっては特に珍しいともいえないニュース。
闇を飼いならせない人間が増えているのだと思う。
CMに切り替わるのと同時に、アリスに目を映すとまだ鋏を動かしている。
今度は、新聞に鋏を入れている。
興味のある記事をスクラップする趣味があるのは知らなかったが、彼も小説家の端くれ、そんなこともあるのだろう。
ただ、一つ気になるのは彼の顔だ。
何故だか、とても楽しそうにしている。
今にも鼻歌を歌わんばかりに微笑みながら、目を伏せ、手を動かす。
何となく気に食わず、かといって話し掛けるのもばからしく、テレビに視線を戻した。
シャキシャキという音が、不快なものに変わった。
ゴルフのニュース。
海外で活躍している日本人野球選手のニュース。
国内の野球のニュース。
国内の政治に関するニュース。
海外の政権交代に関するニュース。
内戦地域でのニュース・・・。
ふと気付けば、鋏の音が消えていて、アリスを見ると、糊に蓋をしているところだった。
アリスと目が合う。
どうやら、作業は終わったらしい。
満足そうににっこり笑っているのでそれが分かる。
机の上には無残に切り刻まれた雑誌類と、新聞。
破壊衝動の後のようで、あまり麗しくない光景だ。
俺の表情をどうとったのか、アリスは悪戯が見つかった子供のようにちらりと舌を見せた。
そして、手に持った封筒を俺に差し出した。
「君にやるわ」
無言で受け取る。
封のされていない、飾り気のない真っ白な封筒。
ちらりと、視線を上げると、アリスが頷いた。
開けろということだろう。
俺は、封筒を開けると、中から便箋を取り出した。
一枚だけの便箋を広げる。
見た途端、クスリと笑いがこぼれた。
何となく、不快だった気分が晴れ渡る。
便箋には、脅迫文を模したように、新聞の見出しや雑誌の見出しを一文字ずつ切り抜いて作られた文章。
『感じのいい日本料理店を見つけたので、今から行きませんか?』