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年貢

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いつものように俺の下宿先に来たアリスが、珍しく、今日は自分が作ると、台所にたった。
どういう風の吹き回しか・・だが、まぁ、作りたいというものをわざわざ止める必要なはない。
食事に関しては俺は彼よりもうまいと自負しているが、彼も食えない料理をつくるわけではなく、一般的に言えば、まぁうまいといえる味付けをするし、味に関しては文句をつけるつもりはない。
ただ、少し心配なのは、彼の手元だ。
やたらと危なっかしい。
見てると、はらはらして、変われと口を出すのが落ち。
だから、なるべく見ないようにしている。
時々、アリスが小さく鼻歌を歌ったり、わっと声を上げたり、何かを落とす音がしたりするのが気になるが・・。
実は、今日はそれ以上に気になることがあって、俺は背中越しのアリスに神経を尖らせていた。

「でーきたでぇ」
言って、アリスが机に並べたのは、かぼちゃの煮つけ。
確かに、かぼちゃのストックはあったが・・・アリスらしくないメニューのチョイスだった。
いつもの彼は、手軽な料理ばかりをする。
チラリとみると、にやりと笑う。
意地の悪い笑み。
俺が目を細めると、さっと立ち上がり、また台所に引っ込む。
意味もなく、目の縁を指で掻き、彼の後姿を見た。
慣れた調子で、茶碗を二つとお椀を二つだし、それぞれに味噌汁とご飯をよそう。
お盆に載せ、こちらに向ってくるアリスの顔は楽しそうだ。
一箇所を覗いて。

その一箇所。

俺が、先ほどからイライラしている原因。

彼の、左頬のあたりにある青痣。
相当な力で殴られたのか、一部が切れて血を流した跡すらある。
俺がそれに目をやっているのに気付くと、またもやアリスは意地悪く笑った。
いつものふわふわとした笑みではない。
こういう顔をするのは、多分俺の前だけで・・・それは少し嬉しいのだけれど、やはりタチが悪い。
曖昧に視線をそらす俺の前に、アリスはご飯とおわん、それと箸を並べた。
「あ、せや、ビール飲むか?」
「あぁ・・・」
俺が返事をすると、一度は降ろした腰をもう一度アリスは上げて、冷蔵庫に向う。
彼の貞操感はよく知っている。
だから、あれが、どういう理由でついたのかも何となく察しがつく。
「ほれ」
「あぁ」
「んならくおか。まぁ、君よりはうまないかもしれんけど、かぼちゃは程よくやわらなっとるよ」
「あぁ」
「いただきます」
「いただき・・ます」
箸を持ち、そのかぼちゃに箸をやると、アリスの視線を横顔に感じた。
食べにくいことこの上ない・・・。
しかし、たしかに、彼が言うとおり、程よく火の入ったかぼちゃは、柔らかすぎもせず、硬すぎもしない、ちょうどよい具合だった。
「いける」
それだけをボソリというと、アリスは嬉しそうに興奮したように「そうやろ」を連呼した。
そして、目が合うとチラリと舌を出して笑う。

聞いてほしいのだろう。

その傷の理由を。
そして、そのわけを話したいのだ。
もう少し言えば、それを聞いて不機嫌になる俺を見たいのだ。
だから、俺があえてその傷を無視していることを面白がっている。
嫌な性格。
お互いに。
素直じゃない。
本心は知れている。
だが、それを置いておいて、ちょっとした綱渡りを楽しむ。
相手が先に落ちたら、勝ち。
今のところ、五分五分。
勝つ気はあっても負ける気はない・・・
ただ、
今回の青痣はちょっと痛い。

そろそろ年貢の納め時ってやつだろうか・・・?

元々・・・俺も目の前のこいつも、貞操については無頓着で・・誰が誰と寝ようがあまり気にはしていなかったのだが・・近頃はそれが鼻につく。
大体、俺が手を出していないのに・・・と思うと、全くやってられない。
やってられない・・・。
ちらりと見ると、アリスは視線を落として味噌汁をすすっていた。
青痣が痛々しい・・・。
どう考えても、女にやられた跡ではない。
相手は誰だろう・・・?
どんな状況で殴られた・・・?

ふいに目を上げたアリスと目が合う。
目がらんらんと輝いているが、今度は微笑むことはしなかった。
だから、聞いてやることにする。

「それ、どうしたんだ?」
「あぁ、これか?なんやろね?」
くすりと笑って、また味噌汁を啜る。
何だよそれ・・・。
新しい戦法か?
ひどく腹立たしい気持ちになって、聞こえるように舌打ちをすると、アリスがまた目を上げた。
「なんだよ」
「君こそ、そこ・・」
そういって、アリスは俺の右目のあたりを指した。
「なんだ?」
「引っ掻かれた跡あるで」
言われて、指でそこを触れると、たしかに一本筋が入っていて、ひりひりとするような気がする。
顔をしかめると、アリスはすました顔で、次はかぼちゃを一口サイズに割った。
傷は、猫のものではなく、行きずりの女のもの。
遊びだと言ったにも関わらず、女房面した女のもの。

年貢の納め時。

またその言葉が頭を回った。
アリスは俺の顔の傷をみても何もいわない。
いや、それどころか、背中についた5本の爪あとだって気にしないだろう。
にやりと笑って面白そうに俺を見るだけだと予想が付く。
ということは・・・俺のほうはすでに綱渡りの綱から落ちかけているのか?
微妙な問題だ。
ぼんやりと、空になったおわんを見つめる。
「おかわりいるか?」
アリスが俺のおわんを掴みながら言う。
俺は、顔をあげ、アリスを見、言った。
「そろそろ落ち着かないか?」
アリスは一瞬驚いた顔をして、次にニッコリと笑いながら言った。

「やーっと落ちたな」
作品名:年貢 作家名:あみれもん