つなぐ
彼は、また思い出したように外套の襟を手繰り寄せると一つ身震いをする。何も好んでこんな寒空の下に出たわけではない。目的の探し人を視界の隅に捕らえて彼は小さく溜息を吐いた。吐いた息が白くとける。
「寒がりが何やってんの」
「ごめん。……花がね」
何重にも重ねた防寒着の隙間から、それでもまだ血が引いて白くなったように見える顔色を覗かせて、彼は困ったように笑った。彼が蹲っているのは宿場の垣に植えつけられた低木だ。周りの景色に似合わずそれはこの寒空でも艶のある葉を落としてはいなかった。だからこそ垣に使われるのだが、半分雪を被ったその間に、点々と落ちる朱が目に映る。
垣に植えつけられた椿は、雪に塗れて色をやや落としていたが、それでもこの景色の中では鮮やかだった。
「もう落ちたのかあ。春も近いかな」
「……いよいよ寒さも本番、じゃないの?」
「そうとも言うね。まあ寒中が終われば春の息吹、だよ。」
座り込んだまま見上げてくる南育ちの彼は、表情こそ変っていないが声に覇気がない。元々寒さに弱いらしく、こういう季節と土地では珍しく役に立たない人間に成り下がっていた。
だからこそ、姿が見えず外に出たと聞いたから慌てて追って来たのだ。好き好んで寒空に出る性格ではない。それで何をしているかと思えば、彼は椿の前に座り込んで落花を拾っていたというわけだ。
互いに吐く白い呼気があたりに漂っている。思った通り鼻頭が赤く染まっていたので、坊はその肩を一つ叩くと苦笑して見せる。
「もう戻ろう。見てるこっちが寒くなってくるよ」
「そう?……わかった」
首を傾げる仕草も、外套を重ねた格好では鈍い。戻りを促す坊に彼は素直に従って、しかし最後に足元をごそりと救い上げる。何をしているのかと思ったら、それは雪の上に集められた落椿だった。
頭ごと雪へと落ちた大輪の花を、彼は潰さぬようにそうっと腕に抱える。数にして6、7輪。怪訝な顔でそれを見る坊に、彼は小さく笑った。
「繋いで、飾りにするんだ。つなぎ椿と言うらしい」
「ふうん?」
「地に落ちた花はそのままだと死ぬ。でも、繋ぐとまた違うものに生まれ変わる。草木の復活を祈って繋ぐんだって、……聞いた」
滔々と語った彼の語尾に、坊はふと目線を上げた。そして大儀そうに風の中を歩き出す彼の背を見遣る。
南育ちの彼は、時折非常に博識だった。ことこういう季節と自然についてはよくものを語る。けれど、大抵の場合はそれが伝聞であることを彼は加える。
坊の幾らも倍の時間を生きているが、好んでこういう時節にこの土地を訪れることもないのだろう。知っていることを確かめるように、彼は時折こうして何がしかに手を伸ばす。
彼にそれを教えたのが誰なのかなんて聞くまでもない。
何とも言えない感慨渦巻く胸のうちで、坊は彼の後をゆっくり宿場の母屋へ戻る。寒さに弱い彼が、こうして坊に付き添ってこの寒中に居るということも、事実なのだ。
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[繋ぐ]-2010.11.11(お題:レゴ http://lethemego.jugem.jp/)