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戦場の神

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有馬信実陸軍大尉は逆上していた。完全に激怒していた。
 理由はある。
「こんのオンボロ戦車がぁっ!」
 彼は何度目になるかわからない罵声とともに円匙を戦車のエンジンへと叩き込む。その渾身の一撃に戦車長が声にならない悲鳴を漏らしていた。
「何回エンコすりゃ気が済むんだ! ぐずってないでさっさと燃料分働けっ! 間に合わなかったとか抜かしてみろ!? 貴様、溶鉱炉に放り込んでくれるっ!」
 叫びながら、有馬は幾度も円匙を叩き付けた。当然、その衝撃により円匙も歪に変形していく。
 帝國には八百万に神が宿るという。故にこの戦車に宿る神も存在するかもしれない。仮に存在して人間の目に見えたとしたら、有馬の怒りにはさしもの神も涙目になって震えている姿が目撃されたことだろう。
 事実、その恫喝に屈するかの如く戦車は哀れを誘われるエンジン音を立て始め、
「最初っから素直に動きゃいいんだ」
 現実逃避している戦車兵と随伴兵たちを尻目に、有馬は円匙を地面に突き立て吐き捨てる。
 彼がここまで焦燥に駆られていることにも理由がある。
 すべては誤算が原因だ。
 そもそも帝國は正確な地図を持っていない。あったとしても、子供の落書きのようなものでしかない。そのため、陸軍陸地測量部が出張り始めたが、彼らも神州大陸だけで手一杯だ。
 それ故、海軍は爆撃地点を誤爆した。例え敵軍を見事に爆撃したとしても誤爆は誤爆だ。この時点で立案された作戦は瓦解した。これでは、シュヴェリン王国の本陣が攻撃に晒される。そして、その本陣にはシュヴェリン王国カナ姫がいるのだ。
 そもそも、帝國にはバレンバン地方で算出される石油が必要だ。だからこそ、それを手に入れるため、唾棄に等しい計画を立て、回りくどい手段も取った。
 しかし、状況は一転する。それもまた、想定外の誤算の一つ。
 それはカナが同胞だったこと。
 より正確には、彼女の祖父が同胞だった。
 彼は帝國本体からはぐれて、この世界に転移した。たった一人で放り出されたこの世界で生きていくには、どれほどの辛酸を舐めたことだろう。国一つ丸ごとの転移でさえ、あの大騒ぎなのだ。それは想像に難くない。
 その苦労と彼がもたらした情報に、帝國は報いなければならない。
 故に自分たち第七中隊はカナへ貸し出された。そこに帝國の意思がある。少なくとも、そこにフランケル派遣軍の意思はある。端的に言うなれば、彼女を護れ、ということだ。
 そしてまた――。
 子供なら子供らしく大人に甘えてりゃいいんだ。
 有馬は再び動き出した戦車上で、カナを思い浮かべて円匙を握り締める。
 恐らく後味の悪い戦闘になる。いや、確実になる。
 彼我における戦術の違い? 装備の違い? 明らかな火力の差異により一方的な虐殺になる? 知ったことか!
 有馬は伝わってくる戦場音楽に不気味な笑い声を立て始める。
 それでも、だ。それでも、あの戦域を屠殺場に変える。
 そして、そのとき戦車は、漸く目標を捕捉した。




(20100216)
作品名:戦場の神 作家名:やた子