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稜(りょう)
稜(りょう)
novelistID. 11587
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午後十時十九分

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塾の終わった午後十時七分、車すらまばらな道を二人で歩く。
 自転車の車輪がカラカラと鳴る。それを押すフェリシアーナの口からは、さっきから止まることなくおしゃべりがこぼれていた。吐き出す息が白くせわしく闇に溶ける。
「それで私、箱を持って行ったんだ」
「そうか」
 俺の短い返事を聞いて彼女は嬉しそうに目を細める。いきなり鼻をおおったかと思うと、よそを向いてくしゃみをした。
「大丈夫か?」
「平気平気」
「その格好は寒いだろう」
 彼女は学校から一旦家に帰って、私服に着替えたあと自転車で塾に来る。来る途中で暖かくなるからと、いつも薄着だ。マフラーすらない。
「正直ね。行きはいいけど、帰りが」
 赤くなった鼻をこすって、バツが悪そうに笑う。寒そうに二の腕をこすっているのを見ていられずに、コートを肩にかけてやっていた。
「え、なに」
「着てろ」
「ルーイは?」
「俺は平気だ。熱いくらいだからちょうどいい」
 本当だった。彼女と話していると、頬や耳のあたりがいつも熱くなる。
 暗くてよかった。明るいと赤いのがバレてしまう。
「やさしいよねぇ、ルーイは」
「……そんなことはない」
 彼女でなければきっと、俺は適当な心配をしただけだろう。わざわざコートまで貸さなかったはずだ。
「学校じゃいつも真面目だから、冷血漢なんだと思ってた」
「俺も、お前はもっとしっかりしたやつだと思っていたんだが」
「ひどい! ……本当だけど」
 彼女は自分のセリフに笑った。
 こんなに親しく話す日が来るとは思わなかった。塾が同じでなければ、ただのクラスメイトとして中学校生活を終えて卒業していたのだろう。そう考えると、少しぞっとする。
 長い坂の手前で、自転車が渡された。押してのぼるのは大変なので、俺がやることになっていた。
「ありがとね」
「いや」
 もう何度も繰り返したことだ。それに、自転車を押して坂をのぼるくらいで苦にはならない。
 そう言えずに、ただハンドルを強く握る。
「そのまま帰ってもいいのに。なんで?」
 彼女の家は坂の上にあり、俺のは下にある。そのまま別れて帰ることもできるが、そうしたことはなかった。いつも彼女と坂をのぼり、そして一人で下りる。
 ずっとその繰り返し。
「……最近は物騒だから、な」
 ただ、お前と少しでも長く過ごしたいだけなんだ。……言えるわけがない、そんな恥ずかしいこと。
「そっか、ありがと」
 疑問を持った様子はない。ほっとした。
「ねえ、高校生になっても、こんな風でいられるかな」
「多分」
 志望校は同じだった。俺は大丈夫だが彼女はちょっとあやしい。ライバルとは考えないようにしている。どちらかが落ちるよりは、どっちも受かる方がいい。
「そのうちルーイに彼女ができて、彼女さんに『あの子と帰るのやめてよ』って言われたりして」
 変にむなしくなって、ため息をつく。
「ありえん」
「なんで?」
 容赦ない追及にどぎまぎする。綱渡りでもしている気分だ。
 もういっそ言ってしまおうか。
 お前以外に、彼女にしたいやつなんかいないと。
「……」
 だが唇は重く、言葉を解放しない。たどり着いた坂の頂上で、再びため息を一つ。
「ここまででいいよ」
「そうか」
 自転車を返すと、彼女はひらりと乗った。
「ありがとね」
「いや」
 首を振る。むしろ俺がお礼を言いたいくらいだと思った。
「また明日、学校で」
「明日は土曜日だ」
「そうだったや。じゃあ、また明日、塾で」
「ああ。じゃあな」
 別れを惜しみすぎるのも変に感じて、そのままきびすを返す。自転車のベルが鳴って、彼女が行ってしまったのが分かった。
 そして、気づく。
 コートを返してもらうのを忘れた。


 彼女の自転車は電動で坂など楽勝にのぼれることや、カバンの中にはカイロやマフラーがあったことを知ったのは、夏のこと。
 キスをしたばかりの赤い顔で、はにかみながら打ち明けられた。
 ……なぜか悔しいので、俺の方はもう少し黙っているつもりだ。
作品名:午後十時十九分 作家名:稜(りょう)