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ざくりと地面を鳴らしてスペインの隣に立ったのはフランスだった。風に靡いた金髪を指でかき上げる動作は腹が立つほど様になっていたが、その顔も服もスペインと同じように薄汚れていた。
「…うっさいわ」
 世辞を言う気にも声音を取り繕う気にもさらさらならず、今の胸中そのままの声でスペインは言った。スペインの空っぽだった緑の瞳にどろりと感情が宿る。それはこの世の全ての負の感情が凝縮されたというよりは、圧倒的な現実に押し流されていた感情がやっと戻って来ただけのように見えた。

*     *     *

 ああ何故自分がこんなこと。子供扱いされたら怒るくせに、事実幼いのがロマーノで。様々な思いがスペインの胸中をよぎったが、今回のロマーノはスペインにひとつのことを気付かせた。
 ロマーノはスペインの思ったような意味で泣いていたのではなかったけど、スペインは大いに反省したのだ。ロマーノに対する自分の態度について、だ。
 兄弟と比べたこと。物事の一面しか見ていなかったこと。大体その二言でまとめられる自分の行動は、親分以前に人としてどうなのかとスペインはそれなりに自己嫌悪した。思わず床を拭く手も止まる。
 しかしスペインはまたすぐに手を動かし出した。過去は変えられない、やってしまったことはしょうがないから、これからどうするのか考えよう。スペインは決めた。
「ちょっと頑張ってみるか」
 ちょうど掃除も終わった。ぴかぴかになった床を見て満足したスペインは、よし!と言って立ち上がった。

*     *     *

 スペインの家、自分の部屋でばたん、と玄関の扉の開く音を聞いたロマーノの耳に次に飛び込んで来たのは、「誰か、早う!!」という怒鳴り声だった。嫌な予感が泥のように、しかし一瞬で全身に纏わり付く中、それを振り切るようにロマーノは部屋を飛び出した。
 スペインが、帰ってくる日なのだ。イギリスに手酷くやられて捕虜にされたと聞いた。自分達だけ帰って来てしまったと自責の念に駆られて、自らも浅くない傷を負っているのに涙ながらにスペインのことを伝えた船員をロマーノは責めたくてたまらなくなったが、結局そうしなかった。そのスペインが、やっと。だから今日は朝からずっと、何処にいても気付けば窓の方ばかり向いていた。自分を置いて行ったことを何で埋め合わせてもらおうか、ロマーノはそう思ってスペインを待ち望んでいたのだ。やっと、あの嫌いな海から。
 屋敷に居る者達だって例外ではなかった。みんなロマーノと同じだった。つい先日のスペイン帰国の報にほっと胸を撫で下ろして、そして喜び、今日という日を指折り数えて待っていたのだ。その報にはスペインの声も含まれていて、港で豪勢に迎えるようなことはしなくていいというようなことが書いてあった。こんな時ぐらい気い遣わんでええわ、とぷりぷりしたスペインの上司だって、そんならここで思いっ切り歓迎したると宣言して周囲の者に苦笑されていたのだ。「ただいま帰ったで」と言うはずのスペインに労りやねぎらいの言葉がありこそすれ、あんなに悲痛で切羽詰まった声が上がる道理は無い。
 何が。何だ。何で。
 床を蹴り転びそうになりながらも駆けて駆けて駆けて、ついにロマーノは玄関ホールに辿り着いた。

*     *     *

「ごめんロマーノ。ロマのせいやない、俺の…俺の気持ちの問題や」
 スペインは一度唇を舐めてロマーノの反応を伺った。ロマーノは微動だにせず息を詰めてスペインの話を聞いていた。
作品名:ここから始まる物語 作家名:あかり