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雨伽シオン
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【APH三次創作・菊耀】愛という名の檻【R-15】

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私はあの方を愛していました。そして愚かにもあの方もまたこの私を愛しているのだと思っていたのです。あの夜までは――。


「玉兎よ玉兎、お前の腕(かいな)に私を抱け」
 あの方は毎晩のように私の閨(ねや)を訪れてはそのなよやかな身を私に任せました。あの方のすべてが私の前に晒け出され、それを知る者はただ私と月ばかりだったのです。
「愛(かな)しき子よ、私をまばゆき快楽(けらく)の園へ連れて行っておくれ」
 あの方の言葉とともに私は秘めやかな恍惚に包まれ、美しい唇が紡ぎ出す愛に身も心も溶かしてしまいました。
 私にはたったひとつの夢がありました。それはあの方を檻に入れて蝶のように飼うこと。私は檻越しに彼の前に這いつくばり、纏足を施したかよわきおみ足に舌を這わせるのです。夜ごとに邪な欲を抱いては、私はあの方への情を募らせてゆきました。いっそこのまま私という肉の檻に閉じ込めてしまいたいと何度願ったことでしょう。

 ところがそれは華胥の夢。あの方を激しい発作が襲った夜に、泡沫のようにはじけて消えてしまったのです。
「玉兎よ玉兎、お前は形代。愛しき菊の形代に過ぎぬ」
 かぐわしい芥子の花の香に包まれたあのお方は、今にも消えてしまいそうな風情でぽつりと零しました。
 人間の霊を宿す際に用いる人形を形代というそうですが、私は人形であるということなのでしょうか。私はこれまで自分のことを人間であると思ってきたというのに。それに菊とは誰のことだろう。
 私はあの方に尋ねようかと思いましたが、薬の発作は彼を狂気へと陥れてしまいました。
「ああ菊や、菊。お前は何処へ隠れておるのだ。此奴(こやつ)の腹の中に呑まれてしまったのか。私が裂いて出してやろう」
 ああ、なんということでしょう。あのお方は私を愛していたのではなかったのです。あの方が愛していたのは菊という名の霊でした。囁かれた言葉を己に向けられたものとして享受した私のなんと愚かだったことか。
「菊や、菊。すぐに出してくれよう。ああ鉄の腹はどれほど暗かったろう。どれほど冷たかったろう」
 あのお方は剥き出しになったままの私の腹に小刀を突き立てました。痛みはありません。ただ冷たい金属の音が薄明かりに照らされた閨に響いただけです。
「菊や、菊。出てきておくれ。私の元に戻ってきておくれ」
 しばらく刀を突き立てるうちに、私の腹がぱかりと開きました。そこに何があるのか私からは見えません。
「ああ…ああ…おらぬ、おらぬ。菊はどこにもおらぬ」
 あのお方はさめざめと涙で袖を濡らしては、か細い声で霊の名を呼び続けました。やがて彼は泣き疲れたのか、寝台にあおむけになった私の上に乗り上げると、中身が剥き出しになった私の腹を撫でました。
「玉兎よ玉兎、お前の棘で私を貫け」
 芥子がひときわ強く香ったかと思うと、あのお方は私の割れてしまった腹に倒れ込みました。みるみるうちに彼の華奢な背が赤く染まってゆきます。私のからっぽの腹には、まるで鋼鉄の処女のように釘が埋め込まれていたのです。
 あの方の血を受けた私は、後追いすることも出来ずに朽ちてゆきました。やがて血が乾き、あの方が骨と化した頃、私は彼を胸に抱いたまま意識を閉ざしました。