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僕らの時計は止まらないで動くんだ。

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モッチィ・ウォーズ




 うちにはサンタは来ないけど、皆でお正月様をお迎えはするのよ、と夏希は唐突に言いだした。クリスマスが近くなった時期だったかもしれない。それはいったい何をするんですか、とでも来年は喪中じゃないのかなあ、と思いながら健二が聞けば、まあ、もちつきよね、と彼女は実に簡潔にそれだけを口にした。むしろそれ以外は教えてくれなかったというべきかもしれない。はあ、と頷いた健二の頭には、もちつき? という疑問がわいたが、夏希に、というわけだから、行くわよ健二くん、と言われて断る彼ではない。事情がまるでわからないにしても。
 というわけで、ばびゅん! とやってきましたは信州上田。草食系にはつらい試練が、そこには待っていた…。

 ぼんぼんと薪でもち米をふかし、それを臼に投入。こねて、それからぺったんぺったんぺったんこ、とついていく。ついた餅は熱いうちにのしてさます。
 この作業の延々繰り返しが、陣内家の庭では行われていた。本当は喪中だからお飾りのお餅はつかないんだけど、と万里子は苦笑していた。しかし餅は食べたい、やらんかね、ということになったらしい。なあに、ばあさんも好きだったんだ、という万助の言葉が決め手になったとか、ならないとかいうが、真相はよくわからない。
 とにかく確かなことは、体力勝負の陣内男衆に比べて、健二があまりにも弱すぎる、ということだった。
「おにいさんは、頭脳専門なんだから」
 挙句の果てには、これもまあ仕方ないのかもしれないが、佳主馬にまで負けている。杵を担ぐ少年はひょろりとしているのに、おそらく筋肉と鍛えが違うせいだろうが、まったく危なげなく、慣れた手つきで餅をついていくのだからたまらない。
「そうよ、健二くんは私と一緒にこっちでイカやこ!」
「い、イカですか?」
「そうよ」
 餅つきの傍ら、女衆は、餅ひっくり返しかかりと餅のし係、そして昼食部隊に分かれているらしかった。男衆はまあ、火を見たり、餅をついたり、そういう感じで…。まあ、よくよく見れば縁側で火にあたっている侘助だって、何もしていないわけだが。それ以外は子供たちでさえ、何らかの手伝いをしている。
「…なさけない、」
 うう、とうなだれた健二の肩を、背伸びした佳主馬がたたく。
「いいじゃない。おにいさん。そしたら、僕とテーブル出す?」
「おい、佳主馬次つく番、」
「ありがとう翔太にい、かわってくれて」
 咎める翔太を振り向いて、佳主馬はにこりともせずそう言った。翔太は「おい、」と続けるが、佳主馬の眼光の方が強い。
「ありがとう。翔太にい」
「…わかったよ!」
 かせ、と杵をひったくる翔太は現役警察官だけあって、まあ体力はありそうだ。そういえば夏の時も氷を担いでいたっけ。
「なによ佳主馬、ひっこんでなさいよ。健二くんは私とイカを焼くの。あんたも食べるでしょ?」
「夏希ねえはわかってないよ。健二さんは男として自信をなくしそうなんだよ? なのになんでイカを焼くとか…そういう女の人の仕事をさせてどうするわけ」
 佳主馬は腕組みして堂々と言いきった。…が、ちょっと場所が悪かった感は否めない。なぜなら、

「女の人の仕事って、いったいどういう意味かしら。佳主馬」

 ぎくり、とさしもの佳主馬も肩をすくめた。健二などはもはや、自分のことでもないのにつられて顔色が悪くなっている。もちつきをしていた男衆は、万助の姿が見えないせいか、あれやばいんじゃないか、とひそひそ遠巻きに見守るのみだ。参戦したくても、そんなことをしていたら餅つきが明るいうちに終わらず女衆にどやされる、という危機感もどこかにあるのかもしれないけれど。
 ――ここは信州上田。陣内本家。
 …またの名を、女系一家の、庭先。
「…あいつも馬鹿だねえ…」
 縁側、丸くなりながら侘助が呟く。彼の目の前では、ぐるりと女性陣に取り囲まれて頭の先しか見えない状態の佳主馬が今まさに攻め立てられようとしていた。
「あんたねえ、生意気なのよ。特許もってるだかキングだか知らないけど、このうちで女を馬鹿にしようなんてね、百年早いのよ、ひゃ、く、ね、ん!」
 びっしい、と言い切ったのは理香だった。
「そうよ、大体ねえ、そういう偉そうなことは彼女のひとりも作ってからいいなさいよねえ」
 ははん、と鼻で笑って言いきったのは、あれは直美。
「そうよお、佳主馬。そんなことをいうなら、あなた、自分で体操着洗いなさいね」
 にっこりとどめを刺したのは実母聖美。母は強し。
 もはやぐうの音も出ない佳主馬である。だが、ここでなぜか、くじけない人が「あのう、」と気弱げに手を上げた。
「許してあげてください。きっと、悪気はないと思うんです…」
「ちょっと婿殿、あんたねえ、悪気はないで済んだら警察いらないのよ? わかってるの?」
「えっと、…でも皆さんはご家族なんですし」
「家族だからしつけをしてるのよ」
 果敢にも立ち向かう気らしい健二に、やるもんだねえ、と侘助は遠目に感心してやる。まあ、エールを送るのくらいは、タダだし。
「でも、…おばあちゃんは、女とか、男とか、そういうことは言わなかったと思うんです」
 と。健二の放ったアッパーが、見事に決まった。
 いまだに栄の名前が出ると陣内家は弱い。アキレス腱みてえなばばあだな、と侘助は小さくひとりごちるが、その声はどこか苦くて、そし同じくらいうれしげだった。
 栄という絆が、彼らをつなげてくれた。この先もそれをつないで、育てていくのは自分たちの仕事だろうけれども、最初にきっかけをくれたのは栄だった。
 確かに、栄なら言わなかったかもしれない。男だからとか、女だからとか。しっかりしなさい、と背中をたたくのは、誰に対しても平等だったはずで。
「これは一本とられたんじゃないのォ、万里子おばさん」
 奥から表に追加の、のし餅用の袋をもって出てきた万里子に、侘助はひひ、と笑いながら話しかける。彼女にも、表の騒ぎは聞こえていただろう。そして、本家だの分家だの、同じように口争いをしたことのある彼女にしてみたら、苦笑するような、けれどももうそうしたことを乗り越えてしまった今の彼女にしてみたら、どこかほほえましいような、そういうやりとりが。
「そうねえ。まあ、いずれにせよ」
 ぱんぱん、と彼女は手をたたき、庭の男衆、女衆に向かって、声を出した。
「ほらほら、手を休めないの。早くやらないと明るいうちに終わらないわ。それから、手の空いている子はご飯をちゃんと支度してちょうだい、お昼に間にあわないでしょう?」
 堂々とした様子に、ほうぼうから、はあい、という声が上がる。それにくつくつと笑った侘助に、ほら、あんたも、と頭上からは声がかけられる。
「俺は頭脳労働専門、」
「そんな仕事は今いらないの。それよりは、ほら、お餅つくなりなんなりしてらっしゃあい、この子は」
 うへえ、と首を絞められた様子で侘助は降参。