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くらたななうみ
くらたななうみ
novelistID. 18113
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コント、おっさんと青年:序

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この状況に不満があるわけではないのよ、と、いつもの口調でレイヴンは言った。
ユーリは彼の意図をはかりかねて、一言、「ハァ?」と短く言い捨てた。

「俺たちって、仲間としての関係的には紆余曲折はあったわけだけど、恋人としてのエッセンスには少々欠けるとは思わんかね」

レイヴンの言葉に、何が気に入らねぇの。気怠げに、というか現にその質問は余りに気怠いものだったので、ユーリはそのまんま心の内を体現したに過ぎなかった。
レイヴンの言い分はこうだ。自分たちの関係は始まりが成り行きで続いていてもあやふやで、そのままズルズルと今に至る。もう少し転機とか事件とか事故とか、恋愛モチベーションのあがることがあれば良かったのに。

「平和が一番だと思ってたよ」

ユーリは、素直に心境を吐露してみた。
そもそも爆発的な大恋愛だったりしたらそれこそ、周りがとばっちりで被弾する。
若くてピッチピチでぶっちゃけモテるしイケてる長身の男と、無精髭とムダ毛まみれのシュッとしているとは到底お世辞にも世界がひっくり返っても言えっこないどうしようもないおじさんが、恋に落ちるなんて普通は有り得ないし、「ていうか今、有り得てるんだけど残念なことに」周りはそんなの受け入れられないだろ困っちゃうだろ、失明してるんじゃとか、なんか頭オカシイとか思われて病院にでも入れられたらどうする。
そんなわけで、ユーリとしては平和的かつ賢い恋愛のやりかたで、ここまで進んできていると思っていた。なのに――

「普通なだけじゃ、嫌なこともあるのよ」

レイヴンが負けじと返す。

「普通じゃねえよ、平 和 、耳大丈夫か」
「字面が違ってても蓋開けたら同じじゃないの、頭大丈夫?」

そんなこんなで、悲劇の幕は開けることになる。
この時のユーリはまだ、気付いていなかった。それが長い長いレイヴンの迷走劇、そのほんの始まりに過ぎないことに。しかし気付いていたところで、彼が走り始めるのを止めるすべを誰も知らなかったし、知っていたとしても講じる策は無駄に終わったろう。
ここに、幕は開く。開くべくして。
とにかく先ず、「取り返しがつかなくなってしまった」とユーリが状況を理解するに至ったのは、レイヴンが荷物からあるものを取り出した、まさにその時だった。

「せっかくこんな服もあるんだから、」

普通じゃない=こんな服、というどうしようも無い等式の向こうにレイヴンがいて、彼は、衣装を掲げていた。

「着て」

掲げられたのち、ポンと渡されたそれ。ユーリは黙り込む。

「これ、女物だけど」

ようやく言った言葉に、「じゃあしょうがないわね」と渋々譲歩するような声と共に、代わりの服が渡される。女物ではなくなったというだけで、同等の衣装――どこかの世界では学生服と呼ばれるもの――だった。
これはどうツッコもう、これをどこからツッコめば、被害を最小限にとどめられるだろう。ぐるぐると思考を巡らせたユーリは、最善を求めるあまり出遅れてしまった。それは俗に言う、手遅れ、というやつだった。
「ハイ、これも」と、冊子を渡される。

「多少のアドリブはいいけど、設定は遵守してよね」

レイヴンは言った。
「遵守してよね」がエコーとなってユーリの脳内をわんわんと何度も何度も巡って、廻って廻って。渡されたそれを見た。台本らしき冊子だった。もちろんそれを、開く気にはなれない。
ああ、手遅れなんだ、と、先程はじき出した結論を反芻する。





これは、コントでは無かったのか?





木製黒塗りのカバーを厳かに開き、真っ白で、整然と、決められた法則に従って並べられているそれらを指で撫でる。
そのうちのひとつをゆっくりと垂直に押し込む。ポーンと少し低い、澄んだ音が揺れた。

「綺麗だね」

ユーリは言った。
全てを失ってしまった自分には、その音の良さなんてものは分からないのだけれど。彼の家で、最初に目についたのは皮肉にもそれで、ユーリは不本意にも吸い寄せられていたのだ。
自分はこれの所為で、ひととき死を選びかけてしまったというのに。

「弾いてもいい」

レイヴンは、短く言った。許諾を装いながら、彼自身、弾いて欲しいようだった。

「愉しめる自信がある。まだ好きだ、という、気持ちもある。でも、長く触れているとまた――」

手首を切った、というよりは、腕を斬り裂いたという表現の方がしっくりくるほどに、その傷口は赤く大きく縦に開いていた。確実に死ぬのが狙いでもあった。
何不自由ない家庭だった。少し裕福なくらいだった。ピアニストを目指していたわけではなかった。グランドピアノではなかったが、家にそれがあったというだけだ。
目指すつもりはなかった。
なのに、目指せなくなった途端、それが凄まじい苦痛になった。或る事故によって、利き手が不自由になった。
その事故で家族が全員死んで、天涯孤独になった。

「腕を斬り裂いた。弾けないから、死のうと思った。家族が皆死んじまったことはその理由には決してなり得ないだろうと分かってる。そのことにも絶望してんだ。利己的で、汚い。家族を愛していた――つもり、だったのに」

レイヴンは講堂に常置されているグランドピアノの隣で真っ赤な涙を垂れ流しながら、呆然としている少年を救った。少年が、救われることを望んでいないと、知っていた。
家族と暮らした家に少年を置いておくのが心配でたまらなかったため、レイヴンは彼を、自らの住居に住まわせることにした。

「死を選ぶことは、愛を証明することではないよ」

今に至る。
食卓を挟んでいる。生温い時間を刷り込むように、レイヴンはユーリに与え続ける。

「ユーリ、君は気付いているかい。君が、食事の際一度だって顔を上げようとはしないことを。俯いたまま、掻き込むように栄養だけを流し込んでいることを。それは、どうしてだろうね」

どうしてだろう。ユーリは考える。
皆が死んだ。退院した後、残ったのは空っぽの家と、空っぽのぼく。
食事を作っても食べる人間は自分だけだ。次第に手を抜くようになり、必要な分だけを、素早く口にするようになった。

「食卓に座る時間が嫌なんだ」
「それはどうして?」

レイヴンが返してきた。それ以上考えると、考えぬよう避け続けてきたものが視えてしまう気がした。恐ろしいもの。視たくない。それでも、止まらなかった。

「誰も、いない」

口から答えがこぼれる。

「そんな――食卓の辛さしか、もう俺は分からない。覚えてないんだ」

ひとりになるまで知らなかった。
食器とスプーンが触れ合うだけ音がこんなに、大きいなんて。音が分かる自分だからこそ、その決定的な違いは顕著に目立った。

「皆の顔とか、どんな風に笑ったかとか。思い出せない。忘れようとしてしまったから。消し去った、から。あったという事実ごと」

もう二度と更新されることはない記憶と、変わらぬ現実を、比べるのが恐ろしかった。
レイヴンは呼んだ「ユーリ」小さく、そして言った「顔を上げて」ユーリは恐る恐る落としていた目線を引き上げる。正面を、見た。
向かいには男が座っていた。男は、微笑みを浮かべている。

「レイヴン先生」

ユーリは言った。

「はい」

小さく、答えが返ってきた。