「しあわせ」だと、そんな言葉があったことを思い出せたのなら
( い つ だ っ た か 、 そ ん な 話 を し た )
「レイヴンって、結婚しないの?」
眩しすぎる昼下がりに、眩しすぎるカロルの瞳がその言葉と一緒にレイヴンに向けられた。
突然の発言に、咄嗟に理解できなかったレイヴンはきょとん、とした顔でカロルを見つめて、そしてやがてその眩しすぎるものが目に痛くて仕方ないかのように、顔を横に背けた。
だけど黙ったままではまた同じような質問が飛んでくると思ったのか、言葉を濁しながら、あーうんそうね、と返事をしていた。
そんな一連の流れを眺めていたユーリに、「カロル、勇気あるわね」と耳に囁くようにジュディスがそう言い、ユーリは少しだけ肩をすくめた。
そのレイヴンが顔を背けた先には、ちょうどリタが難しい顔をして読書をしていた。
どこから持ってきたのか、分厚い本を広げて、エアルがマナが、とぶつぶつ独り言をしている。傍から見れば不審に思われても仕方ないが、あれが一番リタにとって良い状態であることは、一緒に旅をしているうちに分かった。
その隣でエステリーゼが楽しそうにリタを観察していたのだけど、あのカロルの発言が聞こえたのか、レイヴンを振り返っていた。
そしてその顔を背けた視線の先にリタが居たものだから、エステリーゼは 急に表情を明るくさせて、瞳を輝かせた。
その様子を見て、あ、とユーリは小さく声をもらした。
近くに居たジュディスも、くす、と笑う気配もして、ユーリは横目でジュディスを見る。目が合うと、言いたいことが分かったのか唇に人差し指を当てて、しー、と悪戯っぽく笑うので、ユーリは首を少し傾げることでそれに応えた。
素晴らしい勘違いをしたぞ、おっさん、というのは胸の中で思うことだけにした。
我ながら意地が悪いことには、気づかない振りをして。
「レイヴン、わたし、応援します!」
「・・・はい?」
「きっとレイヴンなら大丈夫ですよ。満更じゃないはず、です!」
「いや、あの、お嬢ちゃん? なんの話してる?」
「隠さなくたっていいじゃないですか。そうですよね、カロル」
「・・・え、レイヴン本当に結婚相手いたの!?」
身を乗り出すようにカロルが驚いて、エステリーゼは楽しそうに笑みを浮かべた。
話の中心にいるはずのレイヴンは、ただ戸惑うようにエステリーゼとカロルを交互に見て、突然顔色が青ざめたり、赤みが差したりと忙しい。
ちぐはぐな会話だな、とユーリは苦笑してぼそりとそう零す。
隣に座っていたラピードは理解しているのか、してないのか、ただ大きな欠伸をしていた。
それがうつったのかユーリも大きな欠伸をひとつ噛み殺す。思いのほか、眠気が襲っていることに気づき、欠伸をした時に目尻にたまった涙を指先で拭い取り、また欠伸をする。と、エステリーゼとカロルに迫られてたレイヴンと目が合った。
しばらく目が合ったまま、ユーリもレイヴンも止まっていたけれど途端、しまった、という声が聞こえてきそうなほどあからさまに顔を背けられて、ユーリは目を瞬いた。
「・・・なんだ、いまの」
訳が分からず、呆けたようにユーリは呟いた。
目の前ではまだカロルとエステリーゼによる質問攻めが行われていて、それをいつもならなんなくかわしてしまうはずのレイヴンはしどろもどろになりながら応えていた。
その中で、時折困ったように、照れるように笑うレイヴンに、ユーリは何だか云い様のない気持ちに襲われながら、「なんだ、いまの」と次は自分に確認するように声を出した。
そんなユーリとレイヴンにジュディスは、困った人たち、と呆れたように、でも微笑ましそうに笑みを作り、本を読んでいたはずのリタの口からは「バカっぽい」と小さなため息と一緒に漏らされたことを、ふたりとも知る由もなかった。
( そ ん な 話 を す る こ と が で き る 日 が 来 る な ん て 思 い も し な か っ た 、 い つ か の 日 )
作品名:「しあわせ」だと、そんな言葉があったことを思い出せたのなら 作家名:水乃