裏切られたと思った(九龍**1st)
エジプト、カイロにて。
露天商がひしめく通路の脇で佇む少年が居た。
彼が手にしているのは小型の通信機器のようなもの。
少し丸めた背中で、慣れない手付きで小さなボタンを扱い何かを入力している。
「は、ば…、き、く…、ろ、う、…っと」
『IDを照合中……』
機器から機械的な音声が届くと、無機質な緑色の光が画面を左右する間に待ち合わせ場所にて本日の同行人の姿を探す。
長く実務経験のあるその人と聞いたが、それ以外のデータは殆どと言っていい程与えられていない。
行けば分かると、そう言われたのだ。
要するに、同行人に己の勘と目利きを試されたということだ。
秘密裏に動かなければいけないはずの自分が初任務での顔合わせを、わざわざ公の場で指定されたのもそのせいかもしれない。
さて、その本人は一体どこに居るのか。
辺りを探るように歩き出す。
声を張り上げて客引きする商人、
露店を冷やかす観光客、
今宵の晩餐を調達に来た老婆、
人の隙間を器用にすり抜けて走っていく子供達…、
一見、何も変わらぬ街並みだ。
「انتظار …」
さっきの子供達の群れの中、一人だけ遅れて現れた子供が母国語で何かを叫んだがよく聞き取れなかった。
きっと、待ってくれとか、そういう類だろう。
先行く子供達から笑い声が聞こえる。
慌てた子供はより足を速めようとした。…が、勢い余って足が縺れた少女がすぐ傍で躓く。
「危な…ッ」
…シマッタ。
咄嗟に手を出してしまった。
いや、いいのか。人助けだ。
片手で支えた先には衝撃に構えていた体勢の少女が自分の身体を支える腕を見上げている。
少女は一体何事かと目を剥いていた。いや、何者かというか。
…無事で何より。
とりあえず、微笑んでみる。
以外と、人懐っこい笑顔を見せた女の子はつられたように微笑んだ。
女の子は笑顔が一番ですネ。
「شُكْرًا.」(ありがとう)
「عَفْوًا.」(どういたしまして)
少女は破顔して、また先行く仲間を追って行った。
「さて…、と」
九龍は膝に付いた砂を払い落とし、顔を上げ再び辺りを窺う。
が、それは探るという先程のものとは違う標的を狙う視線。
彼の視線の先には建物の合間に腰を落ち着けたえらく老いぼれた現地人が居た。
さっき子供を助けた時に感じた鋭い視線とは感じれぬ程、穏やかな顔をして空を見ている。
己の勘を信じるならば、今宵の同行人は彼だろう。
『IDを認証しました』
胸元のポケットから電子音が鳴る。
H.A.N.Tを開けば、ようやく認証された自分のIDNo.が画面に映し出された。
「…よしッ、行きますか!」
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ロゼッタ協会所属ID-0999 葉佩九龍。
エジプト、カイロにて。
初の実戦トレジャーハントを行う。
初任務は上々。
秘宝もゲットトレジャー。
しかし、自らは気付いたらベッドの上。
砂漠で遭難しかけたらしいが終わり良ければ全て良し。
自らを囲むように看護婦と白衣を着たオッサン。
「安西先生…、俺、もっとバスケがしたいです…!」
「君にして貰うのは《宝探し》だよ」
次の探索要請は東京都新宿区《天香学園》
作品名:裏切られたと思った(九龍**1st) 作家名:ユズ