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blakdog

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「それじゃ、また明日の朝迎えに行くよ」
 ペンを指先で弄びながら、部屋を出て行く男に声をかける。
「来なくていいっつーの。ふぁ……オヤスミ~」
 片手を上げて応える猫背が眠そうだ。宿に帰ったら着替えもそこそこに倒れ込み、体を丸めて眠るのだろう。想像しただけでもそれはあまりに気持ちよさそうで、
「いいなぁ」
 なんて呟きが洩れる。
 扉がゆっくりと閉まっていく。感染ってしまった欠伸をかみ殺して、シオンは再び書類に向かった。

 瞬間、
「陛下」
「うわあっ!?」
 自分のすぐ真横から声が聞こえた。
「ふ、フロワード! ルシルみたいな登場のしかたするなよ!?」
 見上げると、つい今まではなかった黒衣と黒髪がシオンのそばに控えていた。
 登場、というよりも発生、といった方が正しいような現れ方にはルシルで慣れたはずだが、やっぱりちょっと心臓に悪い。
 だが当の本人はまったく気にしていない無表情で、
「これは申し訳ありません」
 などと感情のこもらない謝罪を述べてくる。
「帰ってたのか。いつだ? 何か問題は?」
「問題などは何も。実を言えば3日ほど前には帰還していたのですが──」
「3日前?」
 珍しく、言葉を濁す。
「……ライナ・リュートがおりましたので」
 なるほど、と頷く。
 フロワードは以前に幾度か、ライナたちと交戦している。そのとき明かした名がどうとかで、ここではライナたちと顔を合わせられないのだそうだ。 だからライナが執務室に入り浸っている間は、フロワードはシオンの前に現れない。
 なにやら企んでいるのは明白だが、フロワードがいないということは、つまり、子供を作れだのと口うるさく言ってくるやつがいないということで……
 問題は、今なお先延ばしの一途を辿っている最中である。
「まあ、そういうことなら問題ない。あいつなら明日までは起きてこないよ」
「そのようですね。では、鬼のいぬ間に私の方の用件を済ませてしまってもよろしいですか」
「ん。いいよ」
 鬼のいぬ間に。心の中でだけオウム返しにして、くすりと笑う。
 淡々とした物言いの中に含まれた微かな刺に、フロワード自身は気付いていないのだろうか。ライナがシオンの執務室で仕事をするようになってからというもの、こういうことが多くなった気がする。
 懐かれてる、というのか。以前よりも共にする時間は減った分、密度が濃くなった。
 ライナがいる間に外回りを済ませ、ライナが帰った途端に現れる。仕事の効率を考えた上での配分といえば聞こえはいいが、恐らくそれだけではないだろうという雰囲気も感じている。
 先ほどの言葉の刺。それに仕草のひとつひとつ。
「陛下?」
 つん、と髪が引っ張られる。前髪を優しく撫でる手も、ここ最近では慣れたものになった。
 まさかこれも無意識だろうか。大きな黒い指輪が、シオンの眼前できらりと光る。
「……陛下」
 少し強い口調で呼ばれ、顔を上げる。
 濃紺の瞳がシオンを睨んでいた。
「上の空ですね」
「……悪い」
「いいでしょう。出直します。報告書には目だけ通しておいてください」
 どうやら怒らせてしまったらしい。表情こそいつもと変わらないが、雰囲気でわかる。フェリスの表情がわかるようになった、と複雑そうに話すライナの気持ちが、今ならわかる。
 てきぱきと書類を揃えるのを見て、ふと、疑問に思う。
「フロワード」
「なんです?」
「おまえ、最近俺に『寝ろ』って言わなくなったな」
 それもこの数ヶ月での変化だった。以前は目が合う度に、それこそライナよりも口うるさく「体を大事に」と言われていた気がする。
「……不本意ですが」
 だがこれは失言だった。冷たい瞳がさらに冷たさを増す。
「不本意ですが、ライナ・リュートが来てから、陛下は以前よりはよく眠っておられるようですので」
「うん? そう……かな」
「そうでしょう。それともおひとりでは眠れませんか? 手が必要でしたらいつでもお呼びください。子供を寝かしつける方法でしたら……いくらでも存じております」
「あ……いや、遠慮しておくよ……」
 本気で怒らせた。雰囲気どころではなく、台詞の全てが刺だらけだった。
 一見すると優しく見える笑顔が、この上なく怖い。
「では、女を……」
「それはいらないから!」
 バン! と、机を叩く。
 フロワードは瞳の奥を愉しげに細めて、部屋を出て行った。
 ……いつの間にか、ライナの椅子が部屋の隅に寄せられている。
「フロワードなりの嫌がらせか? あれは……」
「忠犬。愛犬……いや、番犬かな?」
 背後からくすくすという澄んだ笑い声。
 シオンは振り返ることもせずに、フロワード……そして朝、ライナが出て行った扉を見つめて頬杖をつく。
「あんなおっかない番犬はいらないな……」
「嫉妬だよ? 可愛いじゃない」
 大の男に向かって可愛いなどと言い放ち、本物の番犬も気配を消した。
 今度こそひとりきりになった部屋で、シオンはほっと溜め息をひとつ。
 目の前にはフロワードが置いていった報告書。変わらずに山積みになっている書類の束。
 明日の朝には、ライナも起こしにいかなければならない。

 シオンが妾を取らないのは、もちろん確固たる決意と思惑があってのことなのだが……
「当分は、飼い犬たちの世話でいっぱいいっぱい……そんな余裕ないってのが本音だよなぁ」
 王の仕事ってブリーダーの仕事だっけ、なんて苦笑しながら、指先でペンをくるりと回した。
作品名:blakdog 作家名:紅 子