頷く後ろと手を繋ぐ
過去が鮮やか過ぎるので時々、移ろいがちな現在は二つあるように錯覚する。記憶力がありすぎるのも記憶した出来事の良し悪しによると思う。夏に残る、熱に浮かされた独特な思い出を反芻する秋の日々を、つらつらと淡く過ごす。
総てがおわったことだから、そんなに怖くはないので。寧ろ、慈しみさえ惜しみなく注げるとさえ思う。
古い物独特の香りが満ちていそうな程にひしめく脳の中で、一人音を舌で舐めるように、色彩を耳で拾おうとするようにして過去につむじまで浸る。続いていく続きに懸念を伝えながら、置いて行かないでと声を持て余しながら、一体どうして先を急ぐのかと問いつつ記憶に収めていく。それが自分の日常であって、他人のそれとは少し違うのがもどかしい。
記憶を広げ並べ分析して分かったことで、臨也さんは思考を纏めない内に行動を優先してしまう長所だか短所だか分かり難い処がある。
人であるが為の転がる思考を止められないから、気疲れした肩を臨也さんに訳も言わずにちょっと揉んで貰うも、あまり効果は見受けられなかったので臨也さんと一緒に首を傾げた。
あなたのその髪を視界から振り払う仕草や、ふとした拍子の思い出し笑いなどを僕は全て覚えているんですよ、臨也さん。
脈絡がおよそ紛失したタイミングで告白されて、真偽を確かめる前に思ったことにとても怯えて、俯いているので表情が分からない臨也さんを置いて体力もないのに逃げ出した。
数分も経ったかどうかも怪しいすぐさまに、やっぱりというくらい自然に片腕を掴まれて逃避行は中止された。
腹を括って向き直った捕まえた相手にも、捕まえられた自分にも口に含ませるようにして伝える。
「いいことのあとには、わるいことがあるんです」
記憶の中を漁れば簡単に確信を持って断言出来ること。
「臨也さん、どうしてくれるんですか」
すると息の詰まりそうな、または骨が軋みそうなまでの力で見た感触より暖かな両腕で強く抱きしめられていて、耳元に熱い吐息のような囁きを吐かれる。
「反則だよ帝人くん」
型に矯正された返事では少々つまらない。この始まりは生涯、大切に大切に記憶の芯へと刻まれるのだから。