マスターランクの悲劇
「うん。すばらしい選手をみつけたんだ」と、グランが答える。「君たちにも紹介してあげたいけど、もう少し先かな」
グランは口の端を曲げ、うっそりと呟いた。
奴は近頃どこかへ出かけることが多く、オレとガゼルはやめろと注意したがまったく聞く耳を持たない。今日も気づいたときにはいなくなっていて、帰ってきたかと思えばいたく気分が良さそうで鼻歌なんか歌っている。もしガゼルが声をかけていなくても、何が起きたのかとオレでも尋ねただろう浮かれっぷりだ。
「ひとりで隠し事してんじゃねーよ。同じマスターランク同士、情報は共有しあうもんだろ?」
「別に、隠しているわけじゃないよ。彼は本当に良いんだ、きみたちも逢えばわかってくれるよ」
「グラン、きみは期待できるというが、そいつはただの平凡な人間なんだろう。特別な信念も持たない、私たちよりはるかに劣る人間のどこがいいんだか理解に苦しむね」
「ガゼルの言うとおりだ。同じマスターランクとあろう奴がそんな馬の骨に熱をあげているなんて、聞いて呆れるぜ」
それでもグランは気にする風もなく、のうのうと「きみたちは円堂をみていないから」と肩をすくめるジェスチャーをするだけだった。オレたちの忠告なんて、奴の耳は簡単に右から左に通り抜けてしまう。
またしてもグランがいない。そのことにオレが気づいたとき、ガゼルもいちはやく察知したようで視線が交差した。グランが勝手な行動ばかりしているせいで、マスターランクチームの統制がなされていないと“あのお方”に幻滅されてしまえば、オレたちプロミネンスのジェネシス称号は遠のくことになる。ガゼル率いるダイアモンドダストだって条件は同じだ。
チーム・ガイアだけに影響が出るのだったらオレは気にしない。勝手にしろと見捨てるだけだ。所詮、オレにとっちゃグランもガゼルもジェネシスを狙う敵チームでしかない。
それでも危機感を覚えたのは、“あのお方”が特別グランを目にかけていることが念頭にあったからだろう。奴の身勝手な振る舞いでオレたちのジェネシス獲得が遠のくなんて、許せたもんか。
「行くのか」
オレは頷いた。行くのか、というのは円堂の元へ、という意味だ。グランは円堂とかいう、ただの平均的な人間に執心している。気にならんこともない。
結論からいえば、円堂とは何の変哲もない奴で、オレにはグランがどこに注目しているのかがまったくもってわからなかった。円堂はどこにでもいそうなタイプで、そして、ひどく熱い。沖縄へいってわかったことは、それぐらいだ。
「たしかに円堂には光るもんがあるかもしれないが、他はてんでだめだな。プロミネンスの足元にも及ばないぜ」
「あたりまえだろう。私たち鍛え抜かれたマスターランクと、ぽっと出のチームを比べること自体おかしいんだ」
火と氷、対極にあるオレとガゼルの意見が一致することは珍しい。グランは雷門に何を見出そうとしているのか。反吐が出そうなことに、オレたちの考えは奴への反発という名の下、同じ道をたどっているのかもしれない。
「雷門のどこがいいんだっつーの」
「オレたちのほうがずっと力があるじゃねーか!」
「人間を目にかける甘ちゃんが、ジェネシスなんて務まるわけがねえっての!」
オレの言葉に、ガゼルは「グランは少し変わっているからね」とだけ答えた。相変わらず愛想の無い。氷みたいに冷めた野郎だ。
「で? そういうグランはどこだよ?」
確かここへ戻る途中で見失った。あいつのことだから、また雷門でも見に行ってるのかもしれないが、尋ねてみればガゼルは奥の方を指差した。
「だけど、注意したほうがいいだろう」
「どうしてだよ」
「気になるなら止めはしないが」……
スポットライトが当たる。じりじりと光線が肌をすべる。熱いのは好きだが、この熱さは人工じみていて気に食わないと常々思っている。
「勝手な行動は慎んでもらいたいな」
「それはこっちの台詞だね」
グランは不適ともいえる笑みを浮かべ、すっと切れ長の目を細める。
「きみも円堂に興味があるの」
「円堂、円堂って、一体なんなんだよ? オレにはどこがいいのかさっぱりわからねえ……」
「好きなんだよ。特に彼の、円堂の目がいいね」
円堂、と名前を呟くグランの目はどこか遠くをみているように思う。
「忠告しておこうか、バーン。円堂に興味を持つのは止めないよ、だけど潰すのだけは俺が許さない」
「うるせーな! へらへらしやがって、うざったいんだよ! いつもおまえはそうだ、偉ぶってオレたちに指図する。オレはおまえのそういうところが大っ嫌いでたまらねえ!」
長椅子に腰掛けるグランは伏せた目をゆっくりと上げて足を組み替えた。ひとつひとつの動作が芝居がかっているところがますます気に食わない。薄笑いを浮かべたような口元も癪だし、全部お見通しというスカしたツラにも腹が立つ。
「熱いんだね、バーンは」
「何をいまさら……」
オレの必殺技、オレのチームのテーマ、オレの目指すもの。知っているくせにグランはそんなことを言う。何年いたと思っている、いまさら過ぎる台詞だ。
「少し、似ているかもしれないね」
「はあ? 誰にだよ」
「円堂にだよ。特にその、俺を見つめる漲った目とかがさ」
いつもの薄笑いを浮かべた顔が変化する。機嫌はそのままに、すっと立ち上がって、
「バーンでもいいかもしれない」
そこでオレはあのときのガゼルの言葉を反芻する。「――グランは少し変わっている。行くのなら、気をつけたほうがいい。彼は今、不安定だから」
芯が通っているようにみえて、実際ふにゃふにゃとしていて頼りがない。情けないことに、息を吹きかけられた耳から沈んでいく。
オレは不安定の中に飲み込まれていった。
作品名:マスターランクの悲劇 作家名:ニコバン