かれることはないのです。
ひとたびに名前を呼ぼうとしても視線が泳ぐばかりなのです
私にはたった一言の勇気が、自信がでないのです
あなたの目線の先にはいつも“彼”がいるから。
「雨はもう、止みましたか」
融けてしまいそうな夕の闇にそっと目を瞑り、先程まで降り注いだ雨の香がつんと鼻を突く。
湿り気を帯びた生暖かい空気がまた風情良く、心にぽっつりとあいていた穴を埋めるかのようにふわり、と涌いた。
私は、たとえばこの陰と陽に自らが混じりあったとして、その行く末は白であるか黒であるか、有であるか無であるかなどは気にはならない。
混雑する中に“私”をどう遺せるか、ただそれだけなのだ。
曖昧な言葉に真意を隠しても相手が気づかなければ意味はない、そんなことは解っていたはずなのに、
「……このまま消えて終えたら楽なのでしょうに」
一番星が夜の訪れを知らせ、山沿いの燈が早々と闇に呑まれていく。
月の出は過ぎていたが、完全に暗くなるのを見てその輝きが一段と強さを増す。
周りをよく見渡すと、艶やかな光源をやんわりと光の環が包み込んでいた。
「月暈、ですか。
どうやら明日も雨のようですね」
雨音は嫌いではなかった。
胸に響いてこだまする音は不条理な自身を隠すことができるから、
心にかかる暈を少しずつ流してくれるから。
大丈夫、
「あなたの幸せが、私の幸せなのだから」
解っている、なにもかも
だからこそ、悟ってしまったこと。
(あとは静かに眠るだけ、)
時間が私を支配する、そのほんの少しの過ちならば
あなたを愛してしまったことを、雨と共に流してしまいましょう
頬を一筋の露が滑るのも気づかないまま、私は再び目を瞑り夜の闇に陶酔した。
作品名:かれることはないのです。 作家名:藤谷 季多