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For You

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もっともっと、あなたのために。
今まで奪った全てを埋めて余りあるほど。
色んなことしてあげたいのに。
何一つ、上手くいかない。






[For You]






無駄に広いリビング。
弱冠24歳にして新宿の高級マンションに居を構える有能な情報屋は、カウンター付きのキッチンに寄り添うように置かれたテーブルに突っ伏していた。



そんな彼の向かいには金髪の長身痩躯。元天敵・現恋人の平和島静雄が頬杖をつき、やや呆れ顔で臨也の後頭部を見下ろしている。
この状態がはや一時間。
時折痺れを切らしたらしい静雄が言葉をかけるが反応は素っ気ない。
折原臨也は大いに不貞腐れていた。




「おい、臨也。」
「何。」
「いいかげん機嫌直せ。」
「ヤダ。」
「ヤダってお前…ガキかよ。」
頑なに顔を伏せたまま。それこそいい加減、さぞイライラしていることだろう。
が、それでも静雄がキレることはない。その事実がまたぞろ臨也を苛立たせていた。

事の発端は実に些細なことだった。
久しぶりに静雄が家に泊まりに来て、彼のためにと夕飯を作った。その時、臨也にしては珍しく味付けをミスしたらしく、スパゲティのソースが少し辛かった。
事実としてはただそれだけのこと。だったのだが、
「何これ。」
自分のこさえた料理を一口食べるなり、臨也は顔を強張らせた。
「うっわ、最悪。なんでこうなるわけ?ちょっと、ヤダ!シズちゃん、もう食べないでよ。」
「あ?!」
ヒステリックにそう叫んだ臨也は静雄の皿を取り上げると、あっと言う間に中身を片してシンクへ放り込んでしまった。
「てめぇ、何すんだよ!俺の飯__」
一瞬にして夕飯をふいにされ、抗議しようと口を開きかけたが、相手は間髪いれずものすごい勢いで捲し立ててきた。
「何って、あんなの食えるわけないじゃん。何で云ってくれなかったの。」
「なんでって、別に食えねぇほどじゃないだろ。」
「無理して食わなくったっていいよ。どう考えたって不味いでしょ。変な気使うなよ、シズちゃんのくせに。ああもう、余計腹立つ。シズちゃんの馬鹿!馬鹿バカばーかっ。」
「なっ、誰が馬鹿だ、くそ臨也!!」
「うるさい!もういい。」



で、会話は終了。
後は互いに、ひたすら机の木目と項垂れる恋人の後頭部を眺めて過ごす一時間だった。




再び、沈黙が訪れた。秒針の音を嫌う臨也は時計は全てデジタルを使っている。そのせいで部屋には本当に物音一つしない。
つい最近までなら、口喧嘩した時点で静雄がキレて出て行ってお終いになっていた。
けれど、彼は今も大人しく向かいに座っているだけだ。
静雄は変った。
付き合い始めてから少しずつ、けれど確実に彼の行動は変化していった。
簡単に傷つけることのないように。臨也をちゃんと大切に出来るように。
強固な意志で衝動をも制御する彼は、本当の意味で、誰よりも強い人間だ。

対して、己はどうだろう。
省みて、臨也はたまらなく惨めな気持ちになった。
素直になりたいと思うのに、口を開けばついいつも一言多くなる。
優しくしたいと思うのに、相変わらず些細なことでイライラしては喧嘩になってしまう。



(たった一人を愛することがこんなに難しいなんて、理不尽だ。)
否、それを知っていたからこそ不特定多数に一方的な愛をささげる道へと逃げていたのかもしれない。
いつだって、逃げることばかりが得意だったから。





(けど、もう逃げられないよね。)



もしこの先、臨也が静雄の隣にいたいなら。



(もう逃げ道は残ってない。)



彼はいつだって立ち向かう人だから。



「シズちゃん。」
顔は伏せたまま、呼んでみる。向かいからはちゃんと返事があった。
「…ごめんね。」
「おぅ。」
気にすんな。なんて言ってくる。シズちゃんに慰められるなんて俺も堕ちたもんだよ。
ああ、なのに優しくされるのは嬉しいだなんてもうどうしようもなく末期だ。腹が立つ。仕返しに我が儘の一つも言いたくなるってもんだよね。

「ねぇ、シズちゃん。」
「何だよ。」
「お腹空いた。」
「…俺もだ。」
「何か作ってよ。」

理不尽にお強請りすれば、すっかり丸くなった喧嘩人形はキレる代わりにひとつ盛大な溜息をついて席を立った。





Fin.( I want to change myself for you.)
作品名:For You 作家名:elmana