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WORKING

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送信者:折原臨也
題名:山手線
本文:車内で隣人がスルメ食ってる件







わけのわからないメールが来た。



夏も初め、少々気の早い蒸し暑さを湛える夜だった。
(こっちはとっくに帰って風呂浴びて、一杯やりながら半分夢の中だったってーのに。)
うぜー、と舌打ちして、それでも静雄は腰を上げてシャツをつかんだ。
それを着て、ぞんざいに靴に足を突っ込んで家を出た。
こういうことはそうそうあるわけじゃあないが、さりとて心当たりがないほど珍しいことではない。



目指すのは池袋駅だ。











【 WORKING 】








改札を出てすぐ、流れていく人波に金髪の長身がぬぼーっと立っているのが目に付いた。
あんなメールでよくもまぁ要求が汲み取れたものだ。
普段は単純で鈍いくせに、こんな時ばかりはいやに鋭い。
極限状態にある人間の本音と建前を敏感に嗅ぎ分けることに長けている。彼は昔からはそういう男だった。



「シズちゃん!」
ひらひらと手を振れば】こちらに気が付いた静雄が「おぅ」と短く応えた。



「迎えに来てくれたんだ。」
優しいねぇとからかえば、
「テメェが呼んだんだろうが!」
懲りもせず、あっさりと挑発される。脅すような低い声も一聞の人間ならいざ知らず、耳慣れてしまって照れ隠しにもならなかった。




疲れたのなんのとすぐにタクシーを使いたがる彼を制しての徒歩で帰宅する。
腹いせにわざとらしく腕を組もうと絡んでくるのをあしらうのもいつものことだ。
「雨が降らなくて良かったよ。」
端から白がかかり、どんよりとし始めた夜空を仰いで、臨也が言った。
「それにしても6月にしちゃあ、いやに暑いよね。リアルに温暖化してるって感じるよ。ヤダなぁ。俺、暑いの苦手なんだよね。
霞ヶ関あたりはスーツじゃないと出入りできないし、屋内は屋内で冷房効きすぎて凍死しそうになるし。本格的にどうにかしてもらわないと先が思いやられるよ。
これに関してはさすがの俺も利潤第一主義が忌まわしくなるね。そういえばシズちゃんもいっつもバーテン服だよねぇ。暑くないの?」
その後に続くのは他愛もないだけの話。構成ばかり正しくて中身のない言葉の羅列。
まるでそうしていないと窒息してしまうとでも言うかのように、臨也は喋り続ける。
静雄は嘘が大嫌いだ。中身のない言葉を聴き続けるのは苦痛でしかない。普段ならとっくにぶち切れて強制終了。さらに臨也が食い下がれば、戦争勃発だ。
高校生のときから何度となく繰り返されたやりとりのパターン。
でも今日は違う。



「何で黙ってるの、シズちゃん。」
唐突に冷めた声が訊いた。
「テメェがずっと喋ってるからだろ。」
「うるさいって言えばいいじゃん。いつもみたいに。」
何でキレないんだよ。ムカつく。普段なら有り得ない、子供みたいな挑発。
こいつのそれが甘えだと、気が付いたのはいつだっただろう。
「そういう気分じゃねーんだよ。」
あと、ひとつ角を曲がれば静雄の家がある通りに入れる。
それを良いことに、細い肩を強引に抱いて足を速めた。




都心に置き去られた下町に立つぼろアパートの夜は暗かった。
テーブルランプなんて気の利いた照明器具もない静雄の部屋は互いの顔も良くは見えない。
けれどその闇の齎す曖昧さが臨也は殊の外好きだった。
求められるままに事を終え、少しだけ己の欲求を上乗せした後、静雄は素直に睡魔に身を委ねている。
常にチェックしておかねばならない携帯の青白い光が、隣に眠る男の顔を微かに照らした。
(悪い、とは思ってるんだよ。)
子供のように無邪気な寝顔を見つめて、心の中で話しかける。
彼は何も言わない。
上司との爛れた関係のことも。臨也がいる政界のことも。知っているはずなのに。



夜中に意味不明なメールで呼び出すのは、形だけの関係に疲れた時だけだ。
「勘違いするなよ、坊主。」
体を重ねるたびに、男は未だ釘を刺す。今や着実に政界の実力者に近付きつつある雇い主は、才は買っても情を必要としてはくれない。体だけの関係でも良いと懇願したのは臨也のほうだった。
静雄と関係しだしたのは四木との関係を持ってからしばらくのことだった。
「勘違いだよ。お互いに、ね。」
獣が体温を求めて寄り添うのと同じ。そこに意味はない。真実はない。何度もそう言ったのに。
それでも、彼はただ愛おしそうに臨也を抱く。



そして、彼らは二人とも未だこの関係を捨てられずにいる。




「ごめんね。」
掠れた声で呟く様に囁かれた謝罪は夢うつつではなかった。
臨也と過ごした夜に夜明けを見届けなかった日は一度もない。
日が昇ればまたいつもの暮らしが始まる。
静雄は下町の雑踏の中へ、臨也は赤絨毯に君臨する男たちのもとへと帰ってゆく。
けれど、どうしようもないほどに疲れたら臨也はまたここに戻ってくるだろう。




それでいい。いまはまだ。
次のメールを心待ちにしている自分を確かに感じながら振り返ることなく部屋を出る背中を見送って、静かに煙草に火をつけた。







Fin.
作品名:WORKING 作家名:elmana