世界は深海にゆれる
歌詞も聞き取れないくらいに細い声で、知らない歌を口ずさんでいた。退屈をしのぐにはそれくらいしかすることがないのだろうが、それにして存外、
「楽しそうだな」
ぴたりと歌声がやんで、少女はこちらを向いた。
「楽しくないの?」
首をかしげる仕草にあわせて、さらりと長い髪が揺れる。
彼女の瞳はいつだって――そう、恋物語を語るときでさえ――静かな湖面のようだった。感情に波立たないそれを青年は好ましく思っている。が、自身の内情について問われることには、全く興味がなかった。
「…どうだろう」
天井を仰ぐ。なにも見えない。いつだって、溜息をつくのも馬鹿らしくなるほどに。
沈黙が落ちる。
ひとが二人も居るというのに、あまりにも静かだ。水槽で泳ぐ魚の、ひらりと揺れる尾びれの音まで聞こえてきそうで、枕に顔を埋める。頭の奥が痛いような気がした。
なにか、を求めようと鳥かごへ視線を向けると、少女はぼんやりとした表情で水槽を眺めていて。そうして、独り言のようにぽつりと呟いた。
「日常は『楽しくする』ものよ」
思わず笑みが漏れる。
「まったくその通りだよサカナちゃん」
じゃあ、歌ってくれないか。さっきの続きでいい。
乞えば少女は、今度は青年のために、きれいな声で旋律を紡ぎはじめた。
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お借りしました。
タイトル:星が水没さま(http://isotope.happy888.net/)
表紙イメージ:秋さま(http://p.tl/i/8868955)