今日ぐらい
坂本が疲れきった様子で机に突っ伏した。
大げさだ。
机のまえに立っている陸奥は思った。
坂本のうしろにある窓の硝子越しに外を見る。
ひさしぶりに地球に来て、快援隊の支部に来た。
今いるのはビルの五階だ。
空が見える。暗い蒼。もうしばらくすれば闇色に変わるだろう。
しかし、今は晩秋で、日が暮れるのが早い。
たいして遅い時間ではないのだ。
けれども、まだまだ働けとムチ打たなければならないような仕事は現時点ではない。
「ほいたら、わしは帰るぜよ」
さっきまでとは打って変わってうきうきと、坂本が椅子から立ちあがった。
それを止める理由はない。
だから、陸奥はいつもの堅い表情を崩さず、黙っていた。
坂本は机から離れ、やがて陸奥のそばまで来た。
「これから、おりょうちゃんに会いに行くんじゃ〜」
脳天気な笑顔で坂本は言った。
その頭には、お気に入りのおりょうちゃんの姿が浮かんでいるに違いない。
これから、おりょうちゃんの勤めるスナックに行くのだ。
心の弾むことだろう。
陸奥は鼻で軽く笑った。
「呑みすぎて、明日の朝、寝坊して遅刻せんようにな」
いつものようにきびきびとした声で告げた。
可愛げがない。
自分でも思う。
本当は別のことを言いたいのに。
言わない。
言えない。
坂本が隣を通りすぎた。
姿が見えなくなる。
ただ、部屋の扉のほうへ歩いていく足音を聞く。
ふと。
「陸奥」
足音が止まった。
その代わりのように、坂本の声が背後から聞こえる。
「今日は、わしの誕生日ぜよ」
そんなこと、知っちゅう。
心が声をあげた。
だが、その声は口からは出ない。
「やき、今日ぐらいは素直になる」
坂本の声がまた聞こえた。
「陸奥」
うしろから呼びかけてくる。
「わしは陸奥に祝ってもらいたいんじゃ」
胸の中でなにかが弾けた気がした。
身体ごと振り返る。
坂本がこちらを向いて立っている。
その顔を見て、言う。
「しょうがない、今日はおごっちゃる」
今日ぐらいは素直になりたい。
けれども、なかなかうまくいかない。
本当に、言いたかったのは。
今日ぐらい一緒にいて。
祝わせて。
言えなかった。
言えるわけない。
しかし、それでも陸奥が足を踏みだすと、坂本は嬉しそうに笑った。