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ほしいものなど、もうなにもない

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欲しいものはとっくに手を振ってしまっていたから。
もうなにもいらなかった。


煙草を咥えたまま、もう随分と寒くなった風を感じる。吐き出した有害の煙が木枯らしに吹かれ消えていく。グラス越しに見える視界は透かした黒で埋められているのに、求めている黒は決して無いことがとても不思議でたまらない。仕事も終わったのにどうして自分は家に帰らず、ここにいるのだろう。


気づけば足が勝手に動く。交差点へ、雑貨店へ、道を辿っていく。下って上がって色んな場所へ進む。満足感もなにも得られないまま、ただ歩き続けた。歩き続けて、走って、走って、はっとしたらビルの屋上で座り込んでいた。排気ガスで見えない光の集まりと丸い金色がほんの小さく自分を照らしている。泣きたくなった。叫びたくなった。無性に誰かを抱き締めたくてたまらなかった。屋上の冷たいアスファルトをさする。星を見るのも好きですよ、と柔らかな声がした。急いで辺りを見回しても誰もいなかった。


たまらなくなって、駆け出す。こんな場所は違う。いない。人が賑わって苛ついて仕方ない駅のホーム。ふと外れた路地裏。駆け出す度に声がした。暖かい声がした。好きで好きでどうしようもない声だ。待ち合わせした交差点。通っていた母校の校門前。どこかに拳を打ち付けたくなって、誰かに訳の分からない叫びを聞いて欲しくて。見つけたかった。言いたかった。できることをすべてしたかった。


やがて最後に寒々しい木々が並ぶ、川べりへ出る。
桜が好きだと笑っていた。
冬は寒いから布団が凍えて仕方ない、と困ったように首をすくめていた。


どこにもいない。
どこにもいてはくれない。



誰より好きだった存在はどこまでお人好しで、やっぱり最後まで優しくて、底抜けに暖かく、どうしようもないくらいに愛しいものだった。寒そうにしているのはそちらなのに、わざわざ静雄に白いマフラーを貸してくれた。今度返して下さいね、そう言って走っていく小さいあいつがまだここにいた気がする。それは幻覚だって、知っているけれど。


今となっては持ち主のいないマフラーを首に巻く。寒いはずなのに体中が熱くて、特に眼球が熱くてたまらなかった。夜が更けていてよかった、と思った瞬間に口から出た名前に体が震える。三文字の、やけに仰々しい名前。できないことも、できることも、もうなにもない。後は手向ける花を贈るだけだった。それが静雄にとっては無性に寂しくて仕方がない。