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隙間にノック

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薬を飲んでも喉元に絶え間ない違和感が停留している。咳き込む度に少ない体力を持って行かれる。呼吸は熱い上に、月並みだが苦しいの一点張り。額に乗せた冷却シートが生温い。汗で湿った総身が気持ち悪い。断続的に込み上げる吐き気が辛い。
なんて盛大な症状。一人暮らしであるので風邪をひいても、やはり独りは独りきり。

一応体裁を整えるという義理で付いていたらしき、罅割れたチャイムが部屋に響いた。一手間でもあえて鳴らすとは律儀であるけれど、惜しくも前触れが来ていないので中途半端な性格の訪問者、と一方的な先入観を抱く。
薄い扉を叩く音が二、三度続く。すると相手は不在を疑ったらしい、少し間の伸びた呼び掛けに入る。
「せんぱーい、居ますよねー?」
うん、先輩は居るけどあんまり起き上がれない状態なんだ。
青葉くんはどこまでも微妙な気遣い加減だなあとよろよろしつつ壁にもたれて身を起こし、頭が形容し難く重いけれども、手間の掛かる後輩の為にドアを開けにもそりと動き出した。

今は丁度人恋しい処で、好みな感じでやさしくしてくれそうな青葉くんなら甘えてもいいかなあって、思ったので。


「先輩、俺本当に心配なんです」
人を生活力皆無みたいに言う後輩の表情は至って真っ直ぐで、珍しく逆らいようがない雰囲気である。
「だから、」「じゃあ、」
お先にどうぞと痛む喉を考慮して譲る。
「合鍵を作らせて頂けませんか?」
それ、僕が言おうとしていた台詞だよ青葉くん。

無事約束を取り付けて満足したのか、抱えていたコンビニの袋をがさがさ言わせて一つずつ取り出す。現れたのは喉越しのよいゼリーや不足していた水分を補える飲料の類。
ゼリーのフィルムを後輩は自ら剥がして中身を掬い、透明で少々サイズの小さなプラスチックスプーンを此方の口元に運んでいく。
「はい、先輩あーん」
そっか、それやりたかったんだね青葉くん。

口移しでもしましょうかと真顔で言う後輩に風邪でも移してやろうかなと、くらくらする頭で思った。
作品名:隙間にノック 作家名:じゃく