永遠の約束をした
綺麗な黒曜の瞳をゆっくりと細めて、嬉しい時は本当に嬉しそうに、心の底から笑ってくれる。
纏う空気はいつもふわふわしていて、けれどそこに時々交ざる峻烈な、ピンと張り詰めた雰囲気も好きだと思う。というか、マスターの全部が好きだ。
だから今も、そしてこれから先もずっと、オレはマスターのことが好きでマスターのためだけに唄うんだ。揺るがない。何があっても、揺るがない事実。
「カイト、何を考えているんですか?」
綺麗な瞳。薄いレンズの向こうの瞳をオレはじっと見つめる。マスターも何も言わずに見返してきた。そして首をゆるく傾げる。その仕草も愛しい。好きだ。
「カイト。トレーニングの最中に意識を他へ向けるだなんて、いい度胸じゃないですか。……ネタ曲でも歌ってみます?」
きょとんと丸い円を描いていた瞳は、途端、楽しそうに細められる。へ? 思わず息を呑んだオレなんかお構いなしに、マスターはデスクの上に散らばっていた紙の中から一枚を引き抜いた。それをヒラヒラと左右に揺らしながら、オレを見る。
本当に、心底楽しそうだ。
「とっておきがあるんです。絶対、気に入ると思いますよ」
ああ、本当に、笑顔は綺麗だ。可愛い。愛しい。マスターのことが好きなんだって、実感する。けど、オレだって面白おかしい曲ばかり唄いたいわけじゃないんですよ!
良いじゃないですか、マスターに見とれるぐらい。だって、愛しているんですから。
「カイト」
思考を巡らして、仕舞いにはふるふると頭を振るオレを訝しげに見ながら名前を呼んだマスターは、少しだけ驚いているみたいだった。そんなマスターを見て、鼓動が跳ねる。
一緒にいればいるほど、実感する。好き、大好き。愛しい。そんなことばかり。マスターのために唄いたい。そんなことを、最近ずっと考えている。マスターは、それを許してくれるだろうか。笑って、頷いてくれるだろうか。オレと同じ気持ちだったらいいのに。いつだってオレのことを一番に考えてくれていたらいいのに。
みんなは勿論好きだけど、だってオレの兄弟だし。でも、兄弟を、家族を好きな気持ちとはやっぱり違う。敬愛、ってこういうことを言うんだろうか。
「マスターのことが、好きだなと、思って」
気が付けば口にしていた。するりと流れ出るように音になって、それはマスターの耳に届いたんだろう。一瞬、マスターは黒曜の瞳を見開いた。
「……」
「凄く、好きなんです。オレ、マスターのことが」
ぽとり。言葉が落ちる。マスターの胸に落ちていく。
届いて欲しいと願う。
「……ふ、ははっ」
「え、マスタ…………?」
少しの間を置いた後、マスターは持っていた楽譜を口元に当てて笑った。楽しそうに、肩を震わせて笑う。
あ、可愛い。
「マスター?」
「あはは。カイトは、可愛いなあ」
「?」
ひとしきり笑ったらしいマスターは、目元の涙を指先でぬぐって、じっと俺を見上げた。普段意識して使っているらしい敬語が崩れて、軽い口調になる。最近わかったことは、敬語が崩れたときのマスターは結構無防備で、子供っぽくなるってことだ。そうですよねと以前聞いてみたとき、だからいつも敬語を使うようにしているんだと教えてくれた。
オレがそんなことを考えていると、目の前でマスターは肩を竦めて、すらりとした長い足を組み替える。
「知ってます。……うん、知ってるよ」
満面の笑みが眩しい。
ぱちりと目を瞬かせたオレに苦笑したマスターは仕方ない奴だなと言ってオレを手招いた。
「マスター?」
近付けば、瞬間マスターの両手で頬を包まれる。温かい手は、意識を溶かしてしまいそうなほど気持ちいい。けれど、それどころじゃなかった。頬を包まれたまま、マスターが自分の方へと勢いよく腕を引いたからだ。
「マ、マスター!?」
一瞬にしてマスターとの距離が無くなった。目と鼻の先には大好きなマスターの大好きな笑顔がある。近い。本当に近い。
オレはこんなにも焦っているのにマスターは何でもない表情で、苦笑を零したまま口を開いた。
「うーん、そうか。気付いてもらえてなかったっていうのはちょっとした誤算だったな」
「……へ?」
「俺はですね、カイト」
凄く近い距離で、マスターがやっぱり綺麗な笑顔を浮かべている。
唄うことも上手なその形の良い唇が、動いた。
「カイトが不安になんてならなくていいぐらいには、カイトのことを愛しているから。うん、だって俺は心の底からカイトのことが大好き。愛しい。カイトの歌が、俺だけのもの だったらいいのにって、常日頃思ってるんだからな」
これは結構重症だと思うぞ。そう言って、マスターはオレの頬に唇を寄せた。
080902
(ああ、やっぱりマスター、貴方には到底敵わない)
(好きです。オレはこんなにも貴方を愛している。伝えきれない)