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剣を振るえば辿り着くのか

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 マリアを見た瞬間、ソロモンは音にならない叫び声を上げた。ぱくぱくと口を開閉し、じっとマリアを見下ろす。動けなかった。ああ。どうしてこいつはいうもいつもこうなのだ! そう思うのに、やはり言葉にはならない。目の前では、マリアがぐいぐいと自分の頬を拭っている。血に塗れた頬は、痛々しいと言うほかない。頬だけではなく、腕も、足も、見える限り殆どの箇所が赤く濡れていた。待て、擦るな! 漸くそれだけ叫んで、ソロモンはマリアの手を取る。きょとんと丸くなった瞳が、ソロモンを見上げた。
「なんだ?」
「なんだじゃない。来い。手当てをするから」
「これぐらい、どうってことないだろー」
 ソロモンは絶句する。お前、どうってことあるだろう。自分の身体を上から下までちゃんと見てみろよ! あまりにも自分の状態に無頓着なマリアにそう叫べば、彼は騎士と言うにはまだ細い肩をびくりと震わせた。じわりと、赤い瞳が潤む。あ、あ。これは、やばい。ソロモンは反射的に頬を引き攣らせた。この幼い騎士は、どうして自分が叱られているのかを欠片も分かっていないのだ。きっと理不尽に怒鳴られているとでも思ったのだろう。腕をとられたまま、不安そうにソロモンを見上げてくる。ぱちりと瞬く瞳。あと少しで零れる。

「何をしている?」
「ひいっ!」
 後ろから掛けられた声に、ソロモンは情けない声を上げた。マリアはきょとり、ソロモンの前から少しだけ身体をずらして、声のした方へと視線を向ける。そこには見なれた姿があった。金に輝く瞳。なんの感情も宿っていないかのような、無表情。ヨハネだ。
 ヨハネはじっと二人を見ている。その視線が痛いと感じるのはおそらくソロモンだけなのだろう。それはそうだ。今、視線で咎められているのはロモンに他ならないのだから。否、ヨハネ本人にしてみればそのようなつもりなどないのかもしれないが、視線は雄弁に語っている。どうしてマリアが泣いているんだ。お前は一体何をしたんだ。そうはっきりと問われている。だがヨハネのそんな視線は、彼がマリアの姿を視界に入れた瞬間に途切れた。しぱり。少しの驚きを込めて、ヨハネの瞳が一度瞬く。
「……マリア」
 ゆっくりと紡がれる名前。マリアはなんだよと首を傾げた。ソロモンだけでなく、ヨハンの視線までどことなく厳しくなったことに気付いて、思わず後ずさろうとする。が、生憎とソロモンに今だ腕を掴まれたままだったので出来なかった。
 カツ、と固い足音が響く。ゆっくりとヨハネは二人に近づいた。白い外套がひるがえる。ソロモンは動かないし何も言わなかった。マリアは前に立ったヨハネを見上げる。自分より幾分も背の高い相手を見上げるのは首が痛い、などと言っても仕方がないので口にしないが。
「どうしたんだよ二人とも。何真剣な顔して、って、ふあっ!?」
 マリアが訝しげに眉を顰めた瞬間、ヨハネの手が伸びた。細くもしっかりと筋肉の付いた腕が、軽々とマリアを抱き上げる。素っ頓狂な少年の声など意にも介さないという様にさらりと流して、ヨハネはまたブーツで床を鳴らした。カツリカツリ。規則正しいその音は、彼の内面がよく窺える。
 慌ててソロモンも二人の後を追った。そして、こいつも大概マリアに甘いなと内心で笑う。向かう先は間違いなく医務室だ。ホスピタル騎士団と呼ばれるヨハネ自ら手当てをするつもりなのだろう。少しばかり手荒にしてもらえばいいんだとソロモンは思う。そして、どれだけ心配をかけたのかをマリアが知ってくれればいい。ヨハンに無言で責められもすれば、少しは理解するだろう。全く、この幼子は自分以外が傷付くことを厭うくせに。
 ソロモンは大人しくなっているマリアを盗み見た。小さな体。いくら騎士だとはいえ、マリア自身が戦う為に生れた存在だとはいえ、ヨハネとソロモンからすれば彼はまだまだ頼りない。幼いその見た目は、酷く庇護欲をそそられるのだ。言えば確実に殴られるだろうが。

 ぱたりぱたりと、滴る血が石畳を叩く。




090614
 ああ、愛しい我等の兄弟よ。どうか、お前の辿り着く未来が温かい光に満ちていますように。