二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ひとりがみにないものねだり

INDEX|1ページ/1ページ|

 
彼が好きだ、彼を愛している、彼に劣情を催す。
 M・B・Iのデータバンクにハッキングして彼を見つけたその時から、この恋は彼にのみ向かう。追われる身の上、さてどうして彼と接触しようと思案する中、彼の方から出雲荘へ入居してきた。運命とは必然である。既にセキレイがいたが、この身が彼に反応したきっかけの1つと思えば彼女すら愛しい。そうしてもう1羽、きっかけを増やして彼はこの身へと辿り着いた。
 その時はただ運命を幸福なものとしか感じなかった。ハッキングした情報により『彼』がどういうものか知っていたにも拘わらず、否、知っていたからこそだろうか、こんなにも狂おしい感情に苛まされるなんて。





 どうにも欲求には抗い難い、というより抗うつもりがあまりない。亡夫との思い出の家を穢されたくないのは分かるのだが、目の前に恋の対象がいるのに欲求を抑えろという方が無茶なのだ。開き直って大家に叱られる覚悟を決め、抜け穴を通って彼の部屋へ。こういう時、部屋割りには感謝してもしきれない。彼の部屋の押入れ、布団の上に着地、そっと室内を覗けば彼は机に向かっている。いざとなればデータを改竄して合格させて、という発言もその気になれば実行できるのだが、もし不合格だったとしても彼は松の行いを良しとはしないだろう。不正を躊躇いなく実行する輩もいる中で彼はどこまでも真面目だ。
 現在、松の行動を阻害する要素はない。結や月海はお買い物勝負の真っ只中だろうし、草野は美哉が相手をしている筈だ。絶好の機会である。普段なら修羅場、修羅場と笑って傍観を決め込む松にも皆人を慕う感情は当然あるので好機を見逃すことはない。正妻という地位に固執することはなく、寧ろ愛人という立場から略奪してみるのも面白いかも知れない、と不誠実なことを考えて、クフフ、と小さく笑っていると気づいた彼に押入れの戸を開けられてしまった。

「何してるの、松さん」

やや呆れを含んで言う彼に松はニヤリと笑って飛びついた。
 短い悲鳴、畳に倒れ込む音、布越しの体温。ここで他のセキレイが部屋に入ってくれば昼メロとなるだろう。他人の昼メロを見るのは楽しいが、今は邪魔をされたくない。彼が叫んでしまえば確実に邪魔が入るのでこれ以上の声を封じるために指を彼の唇へ。

「実験しにきたですよ」

え、と僅か開いた唇に自分のそれを重ねれば鶺鴒紋から光の羽が浮く。しかし今は祝詞を唱えるべき時でもないので次の行動へ。頬に手を添えて口腔へと舌を。

「ん――――ッ!?」

止めて、と言葉にされれば拒絶されたようで苦しいが、その言葉を封じてしまえば心が痛む恐れもない。優しいから、彼は絶対に松を突き飛ばしたりはしない、しようとすら思い浮かばない。それを逆手に取っている自分はなんて卑怯、と思いながら止めはしないけれど。
 手を頬から首筋、胸、腹へと滑らせてシャツの中へ侵入させる。布越しの体温より幾分も温い、が、脱がそうとしているのを悟られた途端、精神感応で拒絶に近い感情を拾い上げてしまい、手が止まる。手どころか身体の自由もきかない。

「ごめん、松さん、俺……」

押し倒した相手は泣きそうになっていた。

「…………知ってるです」

知っていて襲ったのだと白状すれば、彼はまたごめんと呟いた。期待しなかった、といえば嘘だ。彼は優しいから許される、と思わなかったわけではない。しかし優しいからこそ彼は、他のセキレイを裏切れない。分かっていたことだ、と松は皆人の上から退いた。

「ま、これ以上ヤって美哉たんに晩飯抜かれるのも辛いですし、今日のところは勘弁してやるですよ」

絶好の機会だったのに、と明るく振舞って押入れから抜け穴へ。

「松さん」

 その先の言葉は聞きたくない、とばかりに戸を閉めるのだが、

「ごめん、……ありがとう」

声が聞きたいから聞いてしまうのだ。聞かないなら耳でも塞げば良いのだから。

「次は覚悟しとくですよー」

押入れの戸を閉めていても彼が苦笑するのが分かる。次も未遂に終わるのが目に見えた。










 皆人には性別がない。遺伝子上の父母にあたるのは御中と高美だがウマシアシカビヒコヂの名の如く、と母胎から産まれたのではなく神座島のオーバーテクノロジーを用いて試験管と母胎を模した容器の中、性別を削除して創られた。遺伝子にすら性染色体を持たないのである(半分は御中の悪ふざけだろう、高美の同意が得られたという話は終ぞ聞いた例がない)。そしてそうなる予定で創られたとはいえ、そんな彼が葦牙だというのはどこまでも皮肉な話だ。
 彼は恋というものが理解出来ないのだ、肉体的にも、精神的にも。
 ハッキングして得た情報をなぞりながら松は溜め息を吐く。

 なんて清らかで、残酷な。

 彼は彼女達を心配してくれるし、何かあれば泣いてくれるし、何より愛してくれている。どこかで繋がっているこの感覚がそのことに嘘はないと信じさせてくれるけれど不純物の一切が混じらない愛は、愛でしかない。



 彼が好きだ。
  彼を愛している。
   彼に劣情を催す。

 しかしどんなに彼に恋をしても、彼から恋が返ることはない。