太平無事(?)
■意 味:世の中が平和で、変わった事件などがないこと。
「♪チュールッチュルチュチュなっつっのっみかどーくんっ」
「……………………」
新宿某所・折原臨也の事務所に、楽しげな歌声が響く。
傍目に見ても浮かれている臨也は朝から実に上機嫌で、珍しく熱心にパソコンに向かっている。対照的に彼の(一応)秘書である波江は、朝から上機嫌な臨也といううざいモノを見たせいで絶賛機嫌降下中だった。
「ウサ耳とっても似合うねっ刺激的〜さ〜ムラムラしちゃ〜う〜♪」
「……………………――――ねぇ。その不愉快な替え歌、いい加減やめてくれないかしら?」
「あれ、波江さん俺の作った『夏の帝人君』の歌気に入らなかった?我ながらいい出来だと思うんだけどなぁ」
「そういう事を聞いてるんじゃないのよ!何なの今日は朝から気持ち悪い程ニヤニヤしっ放しで!もう本当に気持ち悪い!!」
「なんで気持ち悪いを二回言うの?!」
「大事なことだからよ。で?何にそんなに浮かれている訳?」
「浮かれてる理由、ねぇ。まぁ簡単に言えば昨日の仕事が実に上手く行ってシズちゃんに軽く嫌がらせもできて、何より予想外に『イイ物』が手に入ったから、って所かな。あと俺に対する暴言については給料から引いておくから」
「(チッ、器の小さい男ね)それで?良い物って何?」
「君本当に俺に対して敬意とかそういうの無いよね舌打ちとかさ?!まあ良いけど……そう、最高にイイ物なんだよ!!こればかりは俺も事前の予測なんて出来なかった、まさに偶然の引き起こした奇跡!!ああ、でも一つだけ残念な点があるとすれば、俺がそれを直接見ていないって事かな。ま、他に出回ってないのは確認済みだし、相当レアなのは間違いないね。シズちゃんなんかこれ見せたら羨ましがるだろうなぁ、まあ見せないけど勿体無いから!!あれ、波江さんどうしたのそんな怖い顔して。せっかくの美人が台無しだよ?」
「―――……いいからさっさと本題に入りなさい。さもないともぎ取るわよ?」
「どこを?!」
そうしてようやく臨也が見せた『イイ物』は、一枚の写真(画像データをわざわざ写真プリントした物)だった。もったいぶって裏にして渡されたそれをひっくり返して見た波江は―――
「あのさ、一応聞きたいんだけど何で携帯取り出してるの?」
「あら、不審者がいたら通報するのは善良な一般市民の義務でしょう?」
「やっぱりそうかよチクショウ!!何が善良な一般市民だよ普通に人間買ったり人体実験とかしてたくせに!!」
「あなたに言われたくないわねこの変態!!」
びしっ!と写真を指差し、
「こんなの見てニヤニヤして挙げ句自作の替え歌なんて歌ってる男、通報されても文句言えないのよ!!」
こんなの、と示された写真。そこに写っていたのは、ウサ耳を付けて照れたような困った表情を浮かべる少年――竜ヶ峰帝人だった。しかも合成技術を無駄に駆使したらしく、なぜかメイド服姿の。
「俺の趣味とやかく言う前に自分の反省でもしてろよこのブラコン!!ああもういいから写真返せよ飾る用なんだからそれ」
「どうせデータ取ってあるんでしょう?あなたはそっち見て好きなだけニヤニヤしてなさい。こんな不愉快なものは私が後で適当に処分しておいてあげるわ」
「そう言いながら、なぁんで丁寧にハンカチに包んでバッグにそっとしまったりしてるのかなぁ?」
「べっ、別に意味なんか無いわよ。かっ、帰りに写真立て買わなくちゃなんて断じて思ってないんだからね?!」
「やめろよまさかの波帝フラグ!!しかも何そのベタ過ぎるツンデレ意味分からないんだけど?!」
「分からなくていいわよこの折原野郎!!余計な事言うと許さないから!!」
「ちょっ、どこから取り出したその骨ノコギリ!!許さないって物理的にそういう意味で?!」
―――こうして、新宿の某事務所にて低次元な罵り合いから発展した真昼の死闘が繰り広げられている頃、自分の肖像権が今まさに脅かされているとは露とも知らない当の帝人はと言えば。
「――っくしゅん!」
「どうした竜ヶ峰、カゼか?」
「あ、いいえ、大丈夫です。ちょっとゾクッとしましたけど、至って健康ですからって静雄さんなんでおもむろにサングラス外すんですかなぜ僕の頭をホールドしてるんですかあと顔近い近い近いんですけどぉぉぉぉぉ?!」
「大丈夫じゃない奴に限って大丈夫って言うんだよ大概。お前小せぇし細いから、マジで風邪ひいてるかもしれねぇだろうが。ちょっと熱計ってやるから、じっとしてろよ?」
「(最早言葉にならない)〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」
―――池袋最強に額で熱を測られるというラブコメ的お約束を体験してたりするのだが……それはまた別の話。