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叶わないってわかってるよ。でも好きだ!

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(掴み合いの喧嘩で良く知っていたはずの互いの体温。幼い指でたどたどしく探りあいながら、初めての行為に、ただただ拙く名を繰り返すことしか出来なかった。『ごめん、ごめんなさい』――最初から最後まで彼女はホロホロと涙を流し、ずっと《なにか》に謝り続けた。それがどうしようもなく苦しくて、柔らかな頬に顔を擦り付け、零れる滴を舐めて啜った)


***


「私感謝してるの。感謝しているわ『プロイセン』。あんたと戦えることを。私迷わないわ。あの人の為に、あんたを殺すわ、ギルベルト」
 幼なじみの喉元に剣を突き付けたまま少女は繰り返す。まるで自分に言い聞かせるように。青ざめ強ばった笑顔で、必死に非情を装おうとしている。

――馬鹿な女。哀れな女だ。
 プロイセンは血に濡れた頬を力無い憫笑に歪める。

 『ハンガリー』は『オーストリア』に恋をした。幾多の婚姻で膨れ上がった優美なる大国。弱みを見せた小国などは次の瞬間たちまち食い殺され取り込まれるこの戦乱の世で、あまりにも危険で愚かな恋だった。

(『怖いよ怖いんだ自分が《国》だと忘れそうになる――好きになっちゃ、いけないって、わかってるのに』あの日この腕の中で、雛鳥のように震えて泣いた細い身体を覚えている。切なる嗚咽に胸を引き絞られ、熱い涙が服に染み込んで、耐えきれずきつく彼女を抱きしめた。頭の中が燃えるように赤く染まって胸の底はしんと冷えて――あれはいったいどれくらい昔のことだったろう)

 いつしか彼女は戦場に立つようになった。恋した男にその身体を委ねるかわりに、剣でもって彼を護る。それこそが、叶わないまま秘めたる愛の、唯一の証明だとでもいうように。

(けれど、この期に及んで、甘い――馬鹿め)

 どこかひどく醒めた思考を巡らせながら、プロイセンは、青ざめた彼女の顔と、一向に振り下ろされない白刃を見上げる。
 喧嘩っぱやいがひどく泣き虫で、誰より心根の優しい女。殺し合いの毎日はさぞ辛かろう。一度だけ抱いたあの華奢でまろい身体は、護られ愛される為にのみ、神に造られたに違いないのに。

(けれどそれでもこの女は戦場を望むのだ。血反吐を吐き泣きじゃくりながら、叶わぬ恋の為それを選び続けるのだ。何十年も何百年も)

(ああ何故)

「何故――!」
 突き付けられた切っ先が震えて、彼女が涙とともに叫んだ。疲れ果てた瞳は昏い穴。おそらく古い馴染みの彼相手だからこそ漏れた一瞬の茫漠。

「何故逃げないの何故何度も向かってくるの何故、私に、あんたを、殺させるのギルベルト!!――ああもし私が人間ならばただの『エリザベータ』であったなら、私剣も誇りもこの名も捨てて、ただあの人の前に膝を折るでしょうに…!」

 言い終える前に彼女の剣をプロイセンが弾く。目を見開き凍りついたハンガリーの真っ白な首筋に一筋浮かんだ赤い線がみるみる濃くなり珠を結んで流れて落ちた。
 舌なめずりする獣を思わせる仕草でゆっくり剣を構えなおしながらプロイセンは、わざと酷薄な笑みを作って見せる。

「戯言は終わったかハンガリー。何が《国》だ何が《女》だ。だからお前は弱い。積み上げられた幾百の民の屍の上で今更何を迷う。死にたくなければ目を開け。己を生かしてきたその血濡れた手を肯定しろ。剣をとれよ『ハンガリー』」

 彼女の若草の瞳の奥で何ががちらりとひらめく。プロイセンは歯を剥き出して笑った。

「それでもただの雌になりたけりゃ、あの晩みたいに犯してやろうか。『エリザベータ』?」
「――黙れ!!」
 咆哮し彼女は弾かれた剣に飛び付く。転がるように拾い上げ構える。
「黙れ――それ以上、言うと殺す」
「吠えるなよ《女》!あの日みたいに泣いてすがってみせればまた可愛いがってやるぜ?なあエリザ」
「私は『ハンガリー』!!」

 叫んだ瞳に、あの男の前ではけして見せないであろう野蛮な意思が炯々と燃え、プロイセンはそれを美しいと思った。

「そしてあの人が好き!あの人が好きなの叶わなくても愛しているわ!!ええ証明するわあんたを殺す!ブッ殺してやるわプロイセン!」

 見届けて、プロイセンはうっすら微笑む。
「ああ――上出来だ!さあ殺しあおうぜハンガリー!!」

 そしてかつて不器用にすがりあった少年少女は、狂った刃を交わしあう。

(そうだお前はそれで良い。迷いは即消滅。俺たちはひたすら戦い続けなければならないのだから)

(けれどそうだな。もし俺が人間ならばただの『ギルベルト』であったなら)





(俺だって、剣も誇りもこの名も捨てて、あの夜お前をさらって逃げただろうぜ)