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木洩れ日にきみが泣いてる

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どくり、と鼓動が跳ねたのは、束の間の――――――――。



 趙雲は、馬超の姿を捜していた。
 午后の政務を終えたら、手合いをしようと約しておきながら、しかし思いの外手間取ってしまった政務のおかげで、彼を随分待たせてしまったに違いない、と趙雲は、慌てて筆を置き、鍛錬場へと向かったのだが。

「馬将軍ですか? いえ、此方には来られていないと思います」

 拱手の後、口を揃えてそう答える兵達に趙雲は、そうか、と短く言葉を落とす事しか出来なかった。
 そうして、かり、と爪の先で頭を掻いて、さて困ったと腕組みをする。

 一体、何処に居るのだろう、と。

 平生から、政務は嫌いだと云って憚らない彼は、本来彼が為すべき政務を人の良い従弟へと押しつけて、何処ぞで長くなっている事が多いらしい。それに呆れの息を吐いてはみるものの、しかしこれまで一体それが『何処』なのかなんて、聞いた事もなかった――別段、興味がなかったからだ。
 顎に手を当て、う、ん、と小さく唸って思考を巡らせる。

 彼が、行きそうなところ。
 かつ。
 昼根が出来そうな場所、――刻限を思えばそろそろ夕寝に近いかもしれない。

 暫くの間、中空を見つめたまま趙雲は、身動ぎ一つせずその二点に共通する場所を考え続けた。そうして。
 ふ、と顔を上げ、ある場所へ向かって歩き出す――此処からならば、然程に遠くないから、きっと。




 人の気配を感じて、大きな木の幹に背を預けたままの馬超は、そちらへ向かってゆっくりと瞼を持ち上げ、気配の主の姿を確認した。
「……子龍?」
 此方へと歩み寄ってくるのは確かに趙雲で、馬超は小さく口元を緩ませ、もう一度彼の名を呼ぼうとした。けれど、突然その場で立ち止まり――自身とは聊か距離を置いて、だ――困惑したような表情で眸を見開いた趙雲を見て、一体何事だと馬超は、眉宇を寄せ、怪訝そうな眸を趙雲へと向けた。
「孟、起……?」
 やがて、恐る恐るといった風に趙雲が自身の字を呼んだ。
「どうした? よく解ったな、此処、」
 云って、ふ、と笑うと、彼の貌もまた、安堵のそれに変わって。


――泣いているのかと、思った。


 厚い雲の隙から、今日は弱い陽の光が漏れていて。
 木陰の下にいる彼の貌を、聊か淋しい……まるで涙を堪えているような表情に見せていたから。この国に降って以後、淋しげな表情など見せた事のない馬超の、その心中を烏滸がましくも図ってしまって、酷く切なくなったのだ。

 趙雲は、さく、と足下の草を踏み締めて、歩みを再開させた。
 そうして彼の傍へと立つと、馬超が不思議そうな貌でもって趙雲を見上げて。
 何でもないと云うように一度、ふるりと首を振ってみせてから、その言葉を裏付けるように平生と同じ調子で、
「手合いは?」
と問うて微笑ってみせた。




 もし、溢れそうで堪え切れない想いが彼の中にあるならその時は、自分にくらいは縋って欲しいだなんて、埒もない事を頭の隅で思いながら。