相反する想い
屋敷に帰ると、今日もアイツは笑顔でうれしそうに俺に抱きついてきた。
俺は横一文字に口を保とうとするが俺の必死な抵抗も空しく口元は緩み、しゃがんでアイツを抱き返した。
その腕をなんとかアイツの首にもっていき、その小さな首の骨を折ってやろうと自分の中でもがくが、自分はそれを許さない。
アイツが温かい声で「おかえりなさい、兄さん」と言う。
今度は俺の抵抗が少し効いたのか、自分は硬くて暗い「あぁ」という返事しか言わなかった。
俺の中の感情を感じ取ったのかアイツは一度肩を震わせて腕を解き、少し悲しそうに笑って屋敷の奥へと戻っていく。
その後ろ姿を見ながら俺は盛大に舌打ちした。
俺が必死に戦って領土を拡げているとき、アイツが現れた。
その時は統一国家『ドイツ』を作ろうと言う話が出てきていて、俺はアイツに会うまでその『ドイツ』になると思っていた。
そのために戦っていたのに。
どうして…なぜ、俺ではないのかと何度も神に問い、恨んだ。
そして、俺から『ドイツ』になるという資格を奪ったアイツを憎み、殺してやろうと思った。
殺そうとした。
だが、それを国としての自分(プロイセン)は許さなかったのだ。
殺そうとするのを妨害してくるだけではない。
『ドイツ』であるアイツを国としては、慈しみ愛しているのだ。
この反する想いが俺の行動を制限する。
俺は自分が弱った時をねらってアイツを殺すしか方法がなかった。
見た目は仲の良くむつまじい兄弟かもしれないが、その裏で俺はアイツに憎悪と殺意を向けている。
きっとアイツの国としての意思も、主従国の関係で自分と仲が良ければ得だと思っているのだろう。
アイツの思いまでは知らない。
いや、知りたくもないが。
こんなガキに俺の全てを渡してなどやるものか。
俺が消滅するまでに必ず殺してやることを俺は決めた。
国としての自分が提案したのかもしれない。
それともアイツが。
夜中に目を覚ますと一緒に寝ていた。
国の意識が弱いのだろう。
今は簡単に寝ているアイツの首に手をかけられた。
だが、俺の中の自分が目を覚ましだしたのか、首を絞める力は少しずつしか加えられなかった。
「兄さん…?」
小さくその声が聞こえたかと思うと、アイツは目を覚ましていた。
その時には完全に自分は目を覚ましていて、「ごめんな…ヴェスト……」と言った。
俺は謝る気なんてさらさらない。
そのまま殺してやろうと思っていたのに…。
アイツは悲しそうに、寂しそうに笑う。
「兄さんはきっと疲れてるんだよ。ごめんなさい。一緒に寝るなんて我が儘言って。…おやすみ、兄さん」
そう言ってアイツは自分の部屋に戻っていった。
ドアが閉まる音を聞きながら、今日も失敗したと思った。
そして次こそは殺してやる、とも。
明日になったらまた、アイツは何事もなかったかのように俺に笑いかけるのだろう。
いつも殺されかけているのに。
俺はその笑顔が気に入らなかった。
自分は彼の笑顔を俺から守りたかった。