ほたる狩り【試し読み】
「な…なな、何だ?!」
半ばパニックになり、あと一歩で達するという事を忘れて、散々に荒らした女の中から逃げ出そうとする。しかし締め付けが強まり、抜くことができない。先刻まであらがっていた両の繊手が、一変して淫らな仕草で首根に巻き付いて離れない。
男の背中を、全身を、嫌な感じの汗が冷たく流れる。
今まで犯されて泣いていた女が、どこか憐れむような恨むようなまなざしを向けていた。そしてその顔の上にもう一人、ぼんやりと別の顔が重なった。目の前の女とは比べようもなく平凡な面差し。だが谷岡にとっては忘れられぬ顔が。
『…報い、を…』
そう呟いて、女は恨めしそうに睨め付ける。
「う…わああああ!! おま、おまえ…はっ!?」
『己の罪を、よく見なさい…。そして報いを、罰を受けなさいな…。当然の報いでしょう―?』
「い…っ、嫌だ! 私を、殺しにきた、のか? いや…だ、ししに死にたく、ないっっ!!」
女の顔が狂喜に輝く。『あの時』は泣いていたのに。
『いやだ? 死にたくない? …可笑しいわ…まるであの時、あたしが言った事とおんなじ―』
「ひ…ひいぃぃっ…!」
「待ちなさい」
女の指に力が込められようとした時、制止の声が響く。玄冬だ。魔魅矢の身体にまとわりついて彼女の体を動かしている娘の霊は、楽しみを邪魔された子供のように頬を膨らませて抗議する。
『なあに…? お膳立てしてくれたのには感謝するけど、邪魔はさせない…』
「邪魔などしませんよ、お嬢さん。安心なさい…あなたの望むがままにすればいい。これもまた一つの功徳でありましょう」
「な、なあっ! あ、あんた。玄冬…さん、助けてくれ」
「そう仰いましても…。難しいですねぇ、あなたの行いの結果ですから」
行い、という言葉に何を感じたのか谷岡は必死に懇願する。
「かっ…金か? いいいくらだ。2億か? 3億か?」
「鳴弦の巫子ですよ。せめて5億くらいは言って頂きたいものですね」
「ご、5億出せば、助けてくれるのか?」
「まさか。心意気の話ですよ…そんなわけないでしょう?」
「ひ、ひいぃぃ…っ!!」
【玉藻×鵺野部分】-----------------------------------------------------------------
官能を知り尽くす指を絡め、握る手に強弱を付けてやるとソコは瞬く間に息を吹き返し、固くなってくる。せき止められている精にたまりかね、鵺野は息を詰まらせる。
「…やっ……なんで…なんでだよ? 彼女の想いは判って…やってる、クセに…何で…っ!」
「…さあ…なんででしょうね。自分のこの気持ちは、粉藍(フェンラン)が貴方に向ける想いとは似ているけれど多分違う。…判らない。ただもう闇雲に貴方が欲しい。貴方がわたしを縛る。貴方と会ってから、わたしは貴方の事を一番長く考えてきた。貴方を思うと、心が痛くなる。胸の奥が熱くたぎる。思考がまとまらない。意味もなくカッとなる。…この感情は、何ですか? …違うようで同じかもしれない…ああ、まただ。まるで呪いのように貴方に呪縛されている気がする」
声を荒立てることはなく、だが切々と訴える。
「……いっそ、呪縛しているのだと言って欲しいくらいだ」
胸元に、上膊部に口づけをしながら。
「そうしたら私も、納得がいく」
それはまるで、切なく激しい告白のようだった。
予想もしなかった玉藻の「情(おもい)」に対して、鵺野は返す言葉が見つからない。式神の想いには気づいていながら自分の想いに気づかないという様(さま)には、嘘偽りない感じがする。
それこそが人の感情なのだ、それこそ「愛しい」という想い、呪縛にも似た愛なのだ。相手が自分以外の誰かなら、すぐにでもそう答えてやったろう。「そうだ」と笑って、頷いてみせて。
だが他ならぬ自分に向けられた事に、そう言ってやればいいのだろうかと鵺野は躊躇った。言ったとて、その思いを受け入れる覚悟は鵺野にはない。認められない。男としてのプライドが。人間(ひと)としての意地が。
「……ちがう…こんなやり方は…正しくない…」
「じゃあ、どんなものが正しいんですか? 彼女とのことは正しいんですか? 性を同じにして交わることはいけないことですか?」
「ちが…ちがうんだよ、玉藻…」
否定するしか術のない、弱い人間(じぶん)を思い知らされていた。確実に言えるのは、玉藻の目指す愛と、いま彼自身の身の裡で生まれ始めた想いは、似て異なるものだ。それこそ思う対象をがんじがらめにして自由を奪うような重さだ。
作品名:ほたる狩り【試し読み】 作家名:さねかずら