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60億分の1の恋

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60億分の1の確率で、あたしたちが出会えたら、きっと…幸せが待ってるんだよね

目を閉じた。溜まっていた涙が頬に伝う

ありがとう。先輩
そんなこと、約束してくれて。あたしみたいなお荷物と結婚するって言ってくれて


先輩が窓ガラスを割って、あたしの家に謝りにくるのを待ってるね

そのときはきっと、あたし、動けないよ、立てないよ
学校だって行けてないし、友達も恋人もいない。家が全世界みたいに思ってるよ



『01.消えていく、中で』



成仏するときはこんな感じなんだね
幸せで心が満たされてる。自然と笑みと涙が溢れてくる
ひなっち先輩、ありがとう。ユイの願い、全部叶ったよ。音無先輩、ありがとう。ユイのワガママに付き合ってくれて

せっかくガルデモのヴォーカルになれたのに、あたし、成仏するんだ。―それ以上に存分満足してるけどさ

来世では、またベッドで過ごす毎日なんだろうな。あたし、来世でも歌えるかな。歌えたらいいな

もう感覚が無いや。何も見えない。意識も、もう、消えちゃうかな




ぷつり、全てが消える音がした




『02.消え去る』

あっけない終わり方だった

毎日毎日、騒いで、笑って、一生懸命青春を過ごして。あんなにうるさい奴だったのに、凄く満足そうに泣いて、静かに逝くなんて

目の前でいた、ユイが一瞬で消えた。まるで、元から存在しなかったかのように

自分がしたことなのに、理解が遅れて何度か瞬きをして確かめた
いつもなら、視界に映る派手なピンク色が映らない
―視界の端にはバットとヘルメット
この二つが、自分の真ん前を落ちていったと思ったら、もう、ユイはいなかった

空気に取り込まれたのかと、変なことを一瞬考えた

「良かったのか」

後ろでじっと聞いていた音無が口を開いた

良いもなにも、ユイは満足そうに笑っていたじゃないか。それがなによりの証拠だった

「良かったさ」

告白してプロポーズ、来世の約束までして、好きな女を笑顔にしてやれたんだ、俺は

悪いことなんか無いハズだろう

泣くな、寂しいけど、泣くな
もうこの世界にユイがいなくて、次に会う確率が60億分の1だと思うと―涙が溜まった
それを溢すまいと上を向く

「これからどうするんだ?」

このまま俺も成仏してしまおうか。そうしたら俺は明日からのユイがいない学校での毎日を過ごさずに済む
だけど


皆が心配だったし、最後まで見届けたいと思ったから



「03.にんぎょ」

あたしの身体は、きっと
人魚の反対なんだね

声を出せる代わりに、下半身の自由を、悪い魔女に取られちゃったんだ

お母さん、いつも迷惑かけてごめんね

窓の外の世界、あたしには関係のない世界では、沢山の人がいて、それぞれが自分の足で立って
学校や職場に行って、人間関係云々の悩みを抱えて、友達を作って

「あ…」

窓から見えるグラウンドでは、いつも何人かの男の子たちが、泥んこになりながらも精一杯野球をしていた

テレビか窓からしか外を見れないあたしにとって、どこかの高校の通学路に沿いで、グラウンドが近い私の家はベストな位置だった

あたしだって動くことが出来ていたなら、あの高校に通っていたかもしれない
今、下校中のあの女の子とあたしは知り合いで、一緒に帰っていたかもしれない。―あたしは憧れることしか出来なかったけど、そんな風に考えるだけで、心が踊った

「青色の子」

当然、あたしはその子の名前を知らなかった。喋ったことがあるわけないし、面と向かって会ったことすらない
だから、彼はきっとあたしを知らないだろう

それでもあたしは、珍しい髪色の彼の姿を見つけると、不思議とそこから目が離せなくなる

心が温かくなっていた

もしかして、これが恋なのだろうか。あたしは会ったこともない相手に恋をしているんだろうか
―それでも良いのかもしれない。どうせあたしには実る恋なんて訪れるはずないのだ

このまま家の中で死んでいってしまう

きっと


彼が打った球が高く、高く上がった。ああいったのがホームランって言うのかな。―球を目で追いながら思った

まだ上がる、電柱を抜けてこっちまで来る。まるでここに向かっているみたいに、あたしに会いに来るみたいに

窓ガラスが割れた。球は私の手のひらに落ちてきた

野球ボールなんて初めて触ったはずなのに、そこにはなんだか懐かしい感触があった




『04.夕陽』

―打てる。そう確信した。部活内でのいつもの練習試合、力一杯バットを振り切った
夕陽に溶け込むように、吸い込まれるように俺が打った球は上がった

もうホームランとしか言いようがなかった。こんなに高く上がったのは初めてかもしれない
バットを置いて、走り出そうとした瞬間、窓ガラスが割れた音が辺りに響いた

マジかよ。ホームランボールが人の家に直撃するとか。上がり過ぎだろ

「日向ぁ!お前の打った球だろ」

早く謝りに行ってこい!少し怒鳴るように顧問に言われ、半ば追い出されるように、割れた窓がある家の方に向かった

こんなこと、初めてのはずだった。この道を歩くのも家の方向がこっちじゃないから初めてのはずだった
―なのに、足が勝手に、その家に向かって動くみたいだった

いつか思い描いたことのある風景だった気がする。昔、遠い昔に

何故か、俺は早足になっていた。あの家に行けば全てが分かる気がして

頭でちらつく、ピンク色、なにか分からないけど、ぼんやりと思い浮かぶ、今日のような夕陽があった日のこと

はやる気持ちを押さえて、ゆっくりインターホンを押した



『05.60億分の1の確率』

ガラスの割れた音でお母さんが二階まで上がってきた
怪我はない?と訊かれ、うん。と答えると、お母さんの注目は野球ボールに移ったみたいだった

「ユイが拾ったの?」
「違うよ。あたし、拾えないもん。落ちてきた」

それはもう吸い込まれるように。と強調して言えば、お母さんは、あらあらと苦笑いした

インターホンが鳴った。窓ガラスの謝罪かな。だとしたらあの子が来るのかな
お母さんが玄関を開けに行った。すみませんと声が響いてくる。そのあとも母とのやり取りが少し続いたみたいだ

その子の声に、あたしは、はたとなにかに気づいた。まだはっきりとした形を持ってはいないけど、それは私の中ですごく大切なものだった気がする

階段を上がって来る音、心臓が高鳴りだした。こんなこと初めてなはずなのに。懐かしい感じがする

なんで

部屋の前に立った彼は、あたしを見る前に、お母さんにもう一度頭を下げた
顔を上げて、あたしを見る




『06.幸せにしてやんよ』

頭にちらついていたピンク色がはっきりと形を成した。鼻の奥がツンとする感覚
感じていた違和感が全部解けた

思い出すと言うよりは、彼女をを見つけた瞬間、あの日の自分と入れ替わったみたいだった

見つけることが出来た。それもあの日描いたそのままの形で
60億分の1の確率の中で、俺たちは、

「ユイ」

口から呟くのように彼女の名前が出た

「ひなっち、先輩?」

懐かしくて愛しい、ずっと聞きたかった声が聞こえた
作品名:60億分の1の恋 作家名:雛.