記憶の中の彼らはいつも笑っている
このたび日本(にっぽん)との和平交渉を終え、帰国することとなりました。』
ニュースキャスターの硬い声を耳にして俺はぱっと顔を上げた。幼女皇女サマが初めてエリア11に赴任して来たときには、こんな未来は予想もしていなかった。この小さな女の子が、自分の国の代表になるなんて。
華やかな車イスに座った紫の瞳の少女は、いつものようにシュナイゼル宰相閣下と、
それから黒衣の男に両側を固められて専用機の中へ消えた。彼女は悪逆皇帝の実の妹なのだそうだ。
(あの時人波がすごくてよくは見えなかったけど、泣いてたなそういえば)
玉座からゆっくりと一回転して落ちた悪の権化の。鮮やかな血の色に染まった白い衣装に覆い被さるようにしていた朱色を思い出す。あの時世界で俺たち以外でアイツの死を悼んだのは、彼女くらいだったのじゃなかろうか。
ここ数ヶ月かけて、ようやく会長と俺は、少し笑って話せるようになった。
(知らなかったよこんな妹がいたなんて。本当にアイツは秘密主義で俺は何も知らないままで、ん?)
日本とブリタニアと超合集国について語り続けるニュース番組は繰り返し彼女の搭乗場面を公共の電波にのせていた。目がとまったのは座る彼女の膝の上の。
『ナナリー代表は日本の文化にもお詳しく、あの折鶴はご自分で折られたものなのだそうです。』
日本人のアナウンサーが言う。へえ、あれ日本の文化なのか。あの日の屋上の花火を思い出して、ふいに涙腺が緩むのを自覚する。 まずい、午後の授業もあるのに。下を向いてやりすごそうとしたが、追憶は止まらない。願いをかなえる紙の鳥。
『誰から教えてもらったのかどうしても思い出せないんだけど…』
彼女は誰に教わったんだろう、日本の文化だということなら、スザクあたりが妥当だろうか。連なる思考は、もう一人のいなくなった友人を引っ張り出してきた。ろくでもない連想。彼の最期は知っている。ナイト・オブ・ゼロの追悼番組なら、あの時期いやになるほど目にした。英雄然とした映像の中の彼には、涙もろいかつての風紀委員の面影を見つけることが難しかったけれど。
ロロは兄貴についてったんだろう。無事でいてくれるといいと思う。
ニーナも守れなかった。会長には一度、連絡があったみたいだけどそれきりで。
良い話も少しだけあって、カレンは復学できると会長が言ってた。
それでも、埋まらない何か。誰もいない生徒会室。
この数ヶ月で馴染んでしまった大きすぎる喪失感を噛みしめ、それでもどうにかこらえて顔をあげると、滲んだ視界の先の画面に黒衣の男が映った。友人を殺した日本人の、世界の英雄。その殺害の場に居合わせてすら、それははるか遠くの出来事で、怒りや憎しみなど持ちようがない。俺には何の実感もない。悲しいくらいに何も。
画面の向こうでゼロが薄紅色の鳥を手にした。皇女と違って似合わない組み合わせだ、とぼんやり思う。ニュースはすぐに次話題へと移っていった。
2008/12/10
作品名:記憶の中の彼らはいつも笑っている 作家名:川木