仁羽 4
目を覚ます。
これは夢、夢、夢である。
静かに。
ひそやかに。
目を・・・・・・覚ます。
「臨也」
こぼれ落ちた声は。
何処にも、届かずに。
+++++
仁羽 4
+++++
それはまるで光のただ中にあった。
ひたひたと躰へと浸透する、奥の奥まで満たされて。
闇の切れ端にかじりついていた意識がゆっくりと浮上する。
あたかも池に落ちた草の一つのように。
そう、それは光。
ぼんやりと。
瞼に落ちる。
そして静雄は睫毛を震わせる前に、その気配に気付く。
黒い気配である。
男だ。
黒い、ただ黒い、真っ黒な男。
まるで闇から溶け出したような、夜が人の形に固まったような、そんな男。
男は何も言わなかった。
静雄が目を覚ましたことに気付いていないのか、あるいは気付いて何も言わないのか。
静雄にわかるすべなどはない。
ただ。
「・・・・・・シズちゃん」
ぽつりと。
取りこぼすように辺りを震わせた呼気は、だが震えるだけで。
音を静雄には届けず、だのにはっきりとわかる、男が自分の名を口にしたことが。
それは、間違えようもない事実として其処にあった。
透き通って色もなく、人であるなら、あって当たり前な、ほんの僅かの温かみさえない男の『声』である。
滑らかな指の腹が、静雄の頬に触れて。
柔い気配が滑って、指はただ、頬に。
触れて。
静雄は瞼を震わせなかった。
目を閉じて、男の指をその肌で感じ、ひどく。
ひどく、胸が苦しくなるのだ。
ただそれだけ、それだけで。
「シズちゃん。どうして、どうしてだろう、君は・・・・・・――」
男の声は、色など持たない。
それが音となることもない。
だのに指が。
静雄に触れる、滑らかな指の腹が。
ただひたすらにひどく柔らかで。
黒い気配は光に満ちていた。